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それでお終い。結局のところ、祖母と祖母の精神が一体どこに向かっていったのか少女は知らされていない。ただ、祖母の身体を埋めたらしき場所に立つ、磨かれた小さな岩に向かって祈れと言われただけ。厭だ、嘘だ、偽物だ。目の前で欺瞞を吐くこの人形を地面に叩きつけ割ってやりたい。サア、この下に亡骸が御座いますなどと、ここに来ればいつでも会えますなどとスカスカの言葉で嘯くのを、しかし完全に否定できる訳も無く、少女は下唇を噛んでただ堪えていた。
以降、少女にとって人間と言えるのは自分と祖母だけで、だから自分と同じ種類なのは祖母だけという考えは日増しに強くなる。苦しい反面とても理想的である。少女がこの作業を終えればあの厭な人形達とは永遠にサヨナラで、祖母と少女、もしかしたら寡黙だが優しい祖父もそこには居るのかも知れない。それ以外は要らない。そうなれば少女にとって完璧な幸福が訪れる。
もしかしたら、と、少女は作業を止めて少し考える。人形であるのは自分達の方なのかもしれないと。でも、たったそれだけで少女はその先を考えるのは止めた。馬鹿馬鹿しい。そんな事はどうでもいい事で、極めて些細な事だった。構わないのだ。私と祖母だけが人間でも、私と祖母以外が人間でも。とにかく家族と同じ種類なのは厭だというのが少女にとって肝要で、祖母と自分だけが同じ種類だという感情だけがとても甘美だった。
黙々と準備を進めながら、次に頭に浮かんだ記憶は、祖母が死んで暫くたってからの事。あれは祖母の他界から一週間後か、一か月後か。あるいはもっとずっと後の事だったかもしれない。その頃少女は未だ喪失感から抜け出せず、暇さえあればいつも泣いていた。祖母の遺品に触れれば涙が流れ、夕食がテーブルに並べば祖母の料理と違うと喚き、もう鳴る事もない祖母の足音を自らの泣き声でかき消さぬようくぐもった呻き声をあげ、祖母のセーターの匂いを嗅げば洗濯をしないでくれと必死に懇願する。それでも、触覚、味覚、聴覚、嗅覚は問題ではない。閉じ込めておけば良い。祖母の残した思い出は全て秘密の宝箱に詰め込み、皿に載ったミートパイは無感情に口に棄て、全ての足音は耳を塞ぎ遮断し、衣類は纏めて袋に詰めておく。そうして祖母の痕跡を大切に保管しておいて、悲しい時だけ存分に祖母の欠片に埋没し甘えれば良いのだ。それでいいのに。 少女にとって最も排斥し難い祖母の欠片は視覚を於いて他になかった。何を見ても祖母を思い出してしまう。椅子を見ても、ベットを見ても、机を見ても、戸棚を見ても、玄関、庭、土、木、雨、雲、月、星。何より鏡が彼女を苛んだ。鏡に映る少女はいつでも悲しそうで、その原因が横に映るはずの祖母の不在による事は明らかだった。目に映る失望は鏡によってくっきりと形をなし、執拗に少女の心を壊していく。茨だらけの道を歩くかのごとく少女を傷付け続けている。祖母がいなくなってからというもの、視界はまるで川の中に住んでいるかの様にぼやけたまま。しかし、少女はそれでも周りに誰かがいる時には可能な限り泣く事はしなかった。少女が涙を流す事によって、家族の人形達が祖母を想起するのが堪えられなかったのだ。
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