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指先と心を傷付けながら縄を炙る。チリチリと、まるで丁寧に消毒する様に没頭する。縄に立つケバが、まるで少女の掌に移動していくようだ。ガサガサと、祖母の手にすっかり似てしまって愛しい。出発まではあといくばくもない。腕を伸ばせば縄の端に触れる事が出来る。作業は間もなく終える。しかし、だからこそ丁寧に行わなければならない。最後まできちんとしたい。早る気持ちを抑えるため、少女はまた祖母との日々を思い出していた。
祖母はとても博識で、少女に世界の全てを教えてくれた。針に糸を通すときに其の先端を唾液で濡らす事や、包丁を使う時は左手は猫の手にする事など、少女が出来ない事を祖母は全て出来たし、祖母が出来ない事に少女はそもそも興味を示さなかった。家の外も中もお構いなしに駆けずり回る姉やその友達を少女は軽蔑していて、祖母と同じ速度で生きている自分は、既に姉よりも立派な人間なのだと思っていた。姉はきっと自分とは何の関係も無い、何処かから拾ってきた子猿。一体何時になれば人間になるのだろうなどと思っていたが、祖母の死からこっち、姉は少女にとって人形になってしまった。同時に母親も人形である事を看破してしまったのが幸か不幸か、姉はもう人間にはなりそうもないと感じていた。
少女に信仰を与えたのも祖母である。しかし同時に、進化論の様な科学的な考証も決して嘘ではないとも教えてくれた。矛盾はない。解らない事はある。どんな物事も奥の奥まで突き詰めていけば人間が未だ解明に至らない場所が残っている。猿がどうとか人がどうとか、そんな狭小な話ではない。神様はもっと広く大きい場所に座す。教義や説法こそが寧ろ方便で、人間がより素晴らしい場所に向かう為に創造されたもの過ぎない。しかしだからこそ、その教えは尊く、守り繋いでいく必要があるのだ。なにしろ人間は一塊で生きる事を余儀なくされているのだから。他人を殺しては駄目だろう、与えられた役目は果たさねばならないだろう。誰も独りでは生きていけない、真に尊き人が方便を用いてまで正しく生きる事を説いている。真実は氷の張った池のようなもので、表面の氷だけ見ても池の深さは知れない。悴む手にハンマーを持って、感覚のなくなった腕で以て氷を割る。凍える身体を抱え裂け目からどぶんと飛び込み、それくらい必死になって真実をやっと覗くのだ。それくらいしないと、見る事は叶わない場所なのだ。そこまでを、祖母はゆっくりと時間をかけて少女に教えてくれた。
誰も独りでは生きていけない。
少女は、独りである。
誰も彼も皆、人形なのだ。薄気味悪く滑らかに動く人形。その中で少女だけがポツンと取り残されている。そう思うともう堪える事など出来ない。こんな場所に居る事は出来ない。一刻も早く人形達から逃げ延びて、祖母の待つ人間の世界に向かわなければならない。自らの首を締め付ける為の縄を炙る。しかしその目的は逃避、もっといえば避難である。少女はそもそも死にたいのではなかったし、生きていたくない訳でもない。縄をちりちりと焦がしている間も漠然とした死への不安はあったし、明日を生きるのに全く期待が持てなかったかというとそんな事もない。少女は祖母になりたいと思っていたし、その為の計画も慎重に立てて、丁寧に手帳に書き込んでは一人ほくそ笑んで満足していた。あとたった数十年で自分は祖母になる事が出来る。その時間の長さにうんざりはしていたが、祖母になる為ならば待てないでもなかった。そう、少女は死にたい訳でも生きるのが厭になった訳でもない。話はそれほど複雑ではなく単純である。
寂しいのだ。
少女は祖母に会いたい。たったそれだけ。
自分が祖母になるのは待てるが、祖母がその時に横に居ないのが我慢出来ない。寂しい。孤独だ。余りにも人形しか存在しないこの世界で、人である少女が独り時間を消費しているのが辛い。苦しい。会いたい。祖母に会いたい。極端な話、少女はその行為が自分の死に繋がっているという事すら曖昧だった。少女は自らの生に、死に対して余りにも頓着せず、だから少女にとってその行為は本当に祖母に会いに行くという、ただそれだけのものだったのだ。折角祖母に会いに行くのだからなるべく綺麗にしたい。滑らかな跡を祖母にみせて、上手に出来たねぇ。と、優しい顔と温かい手で褒めてもらいたいだけ。なればこそ、きちんとしなければならない。気を引き締め直し、黙々と縄を炙る少女の表情は厳かで、裏腹に心は祖母に再会できる喜びに高揚していた。
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