人形少女

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 まるで夜が裂けてしまったかの様に細い月の光が窓から差し込む。大きく引き絞った三日月。その縁に沿って澱む薄ぼやけた紅色が、じゅくじゅくと血が滲みなかなか乾かない擦過傷を想像させた。まるで死に行くがごとく力なく、低く、だが大きい。  今日、少女は祖母に会いに行く。それに相応しい、あつらえた様に美しい月だった。  大人が手を伸ばせば梁に届くであろうという低い部屋である。簡素なベッド、タンス。手紙を書くくらいにしか用をなさないだろう幅の狭い机、置かれた小さなランプは灯っていない。ピタリと収まりの良い様に設えられた椅子。棚から物を取る為に用意された台座は、ここで寝起きする者の身長がきっと高くはないのだろう事を想像させる。そして、そういった高い場所に手が届く様に用意された物は、全て部屋の隅に追いやられていた。  部屋の中央。何も敷かれていない床に身を縮めて座り、少女は両手に持った縄の表面を、ちろちろと怪しくゆれる蝋燭の火で少しずつ炙っている。固くケバが立つその表面を炙っては送り、炙っては送る。繰り返すうち、少女の掌は痛々しく傷ついていたが、それはこの部屋の主である祖母の掌にとてもよく似ていると思ったので少女が嫌悪する対象にはならなかった。   少女は細く深く呼吸しながら、なるべく丁寧に縄を炙り表面を滑らかにしていく。祖母に教わったのだ。凍てつき、乾燥する空気の中、縄を絞る祖父の手が少しでも痛まない様に。尋ねた少女に向かってそう答えながら、遠い過去に亡くなった祖父に想いを馳せ柔らかく微笑んでいた祖母。その顔を思い出して少女は少し寂しい気持ちになる。荒縄の摩擦を減らしてしまうその思い遣りが、果たして本当に祖父の仕事を助けたものか。祖母から縄を受け取った祖父はいつも、うん、とだけ頷き黙って使っていたそうだ。少女は祖父の顔を知らないが、とても優しい人だったと言う。今は祖母も亡くなってしまったので、祖父が優しい人であったという事を知る人間はもう少女しかいない。  首を吊る予定である。  故に、縄の表面を滑らかにしている。縄の跡がつくのは良いが、細かい傷で汚したくない。なるべく綺麗な跡をつけたいのだ。他よりも少しだけ長い自分の首は、まぎれもなく祖母の血を受け継いだ特徴で、自分の身体の中で唯一気に入っている場所だから。祖母とおそろいの長い首は少女の誇りだった。 
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