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ムジカン大陸カノープス帝国の南部の森__
人気の全く感じられない、雑草が生い茂る道を進む二つの影がある。ここは、ムジカン大陸南部に位置するクトゥルス王国と東部に位置するカノープス帝国の国境へと続く森である。
二つの影は日が沈み始めてから森に入り、1度目の休息前までは月明かりが差し込む森林の中を進んでいた。しかし、もう日付が変わったであろう時間に植生ががらんと変わり、油煙を塗った銀箔のような、べっとりと暗さが纏まりつくさらに奥深くの森へと歩を進めた。
腰の高さほどある雑草を掻き分け、主人が通るための道を作っているのは、従者イオである。
この世で生けるものには全て体内に多かれ少なかれ魔素を有する。魔素の質、大小によって扱える魔法の種類や威力が異なる。しかし、人が有することのできる魔素の容量や適性は生まれながらに決まっているものである故に、幾ら純度の高い魔素を体内に取り込んだとしても、扱える魔法は生まれた瞬間に決められているのである。
身分制度のある帝国の貴族は、魔素の容量の大きい者や適正高いもの同士が配偶者になることで他の追随を許すことなく権力を拡大させている。ごく稀に平民にも容量か適性が高いものも現れるが、そのような才能を見つけられるような魔素を手に入れることができずに生涯を終えるか、貴族に引き取られて消息を断たないケースがほとんどである。結果、平民は仮にもし自身に才能があったとして、その先の将来、その才能を搾取され続けるのが目に見えているため可能性すら捨ててしまうのも少なくない。
アレスに拾われたイオが偶然にも途方もないような魔素の容量を持っていたことに感謝しない日はない。イオには魔素に対する適性は一般的な平民と何ら変わらないが、容量だけはアレスに褒めてもらえる長所であり、誇りである。アレスに出会っていなければ、『あの時』何も知らずこの世を去っていただろう。桁違いな容量を持っていたとしても、その使い道がわからなければ意味がないし、そもそも容器に入れるための魔素がなければどうしようもない。だから、自身の身体をちゃんと制御し、使えているのはすべてアレスの力添えのためなのである。
漆の如く黒い森の中に魔獣が蔓延り、どこか遠くで何かの唸り声か鳴き声かもわからぬ不気味な音が耳を掠め、不快である。カサカサという音は、風によって発生した音か、何かが動いた音の判断が暗闇の中では覚束ない。
もし1人でこの場に居たとすれば一抹の不安か恐怖を覚えていたかもしれない。しかし、背後の絶対の信用を置く主人の存在により、この場に似つかわない静穏さか寧ろ倖せを感じていた。
時折、2つの人の形をした獲物を狙わんとする小型の獣が足元から忍び込んでくるが、アレスの俊敏な攻撃魔法により刹那の間に切り伏せられる。時折、アレスがイオに仕留めさせる場合もあるが。何にしても、イオは輪郭もおぼつかない場所でアレスが魔力を放ち、獲物を仕留める様を陶然とした表情で見つめていた。
それらの獲物をイオが回収し、食用にできそうなものを次の休息時に簡単に仕込む。森の入り口に生息する魔物に内在する魔素は少ないが、長旅をしている以上、自分達で食料を調達したり、途中にある村で換金したりする必要があるためイオはこの作業を怠らず、黙々とやるべきことを成し続けた。
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