2人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
小学校4年の私はランドセルを揺らしながら、家に帰るために通学路を歩いていた。
気付くとあたりは真っ黒だった。
夜っていう意味じゃない。だって私は夕日で長く伸びた自分の影を見ながら歩いていたから。
いつも通るはずの鈴木さんの大きな家とか、チロっていう柴犬のいる橋本さんのおうちとか、何もかも真っ黒に塗り潰されていた。
空も地面も、真っ黒。
真っ黒い世界から逃げ出したくって、走り出す。
でも、どれだけ走っても、真っ黒い世界は終わらない。
走れなくなった私は、座り込んでしまう。
もう一生、家に帰れない。
恐怖と寂しさで、泣いてしまう。
「ままぁ……えぐ、えぐ……うう……」
「大丈夫?」
「……え?」
顔をあげた私の目の前に、男の子がいた。
茶色がかかったさらさらの髪に、赤味がかった瞳。
私と同じくらいの年の男の子。
見覚えはないから、近所の子じゃない。
「きみ、名前は?」
「……沢海、栞……」
「しおりちゃんか。家まで送ってあげるからね」
男の子は右手を伸ばしてくれる。
私はすがりつくようにその手を取ると、男の子に立たせてもらった。
「大丈夫。大丈夫だから」
男の子は励ましながら、私の前を進む。
温かな手。その温もりがあるだけで、恐怖も寂しさも不思議と感じなくなった。
男の子の言う通り、本当に大丈夫な気がしてくる。
「ついたよ」
男の子は立ち止まった。
そこは、私の家があるマンションの前。
真っ黒い世界はもう、どこにもない。
近所のおばさんが普通に歩いているし、いつも見かける犬の散歩をしているおじいさんの姿もあった。
茜色に染まった空とどこからか流れてくる夕飯の香り、見馴れた街並み――。
「じゃあね、栞ちゃんっ」
「あ、ありがとう」
「ばいばいっ」
「うん、ばいばい」
男の子は右手をあげながら、走り去っていく。
私はさっきまで男の子と繋いでいた手を見つめる。
胸がドキドキしていた。痛くないけど、少し苦しかった。
あの男の子の名前、聞き忘れちゃった。
最初のコメントを投稿しよう!