第1章 5月12日

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 帰りのホームルームが終わると、放課後を迎える。  武田君をちらっと見ると、うなずいてきた。  でも武田君は女子が殺到することで、行動ができなくなってしまう。  ということは、私1人で工藤さんと清水さんに事情を聞かなきゃいけないってこと、だよね。  私はドキドキしながら、工藤さんを追いかける。  他の生徒たちにまじって、工藤さんは廊下を歩いていた。  工藤さんは、黒髪のセミロングのヘアスタイルの和風な格好が似合いそうな子だ。  でもどう声をかけたらいいんだろう。  工藤さんとは挨拶だってしたことがない。  いきなり声をかけたらびっくりさせちゃうだろうし。 「話しかけないのか?」 「! た、武田君!? 他の子たちはどうしたの?」 「適当に理由をつけて話を切り上げてきたんだ。で、工藤さんは?」 「あそこにいる子。でも話したことがなくって……。武田君、話してくれない?」 「今後のことを考えると、俺より、沢海さんから声をかけた方がいいと思う。いつも俺がそばにいられる訳じゃないし」 「……分かった」  そうこうする内に、工藤さんはどんどん遠ざかっていく。  勇気を出さなくちゃ。  私は両手をぎゅっと握った。 「し、清水さん……っ」  すごく小さな声だったかもしれないけど、清水さんは立ち止まって振り返ってくれる。 「!」  目があってしまう。  自分から声をかけたくせに、目が合うと動揺して、顔を伏せてしまう。  運動をしてる時みたいに心臓がドキドキする。  清水さんは不思議そうな顔をしながら近づいて来てくれる。 「えっと……」 「さ、沢海です。沢海栞。同じクラスの」  小さな声を絞り出す。 「あー……うん、知ってるけど、何か用? 武田君まで……」  武田君は人あたりのいい笑顔を浮かべる。 「今、沢海さんに学校を案内してもらってるんだ」 「そうなんだ」 「……清水さんも、手伝ってくれる? あの、予定がなかったら、なんだけど」  私はそこではじめて、まともに清水さんの顔を見た。 「別に、いいけど」  工藤さんは少し戸惑いながらも、引き受けてくれる。  私と工藤さんで武田君を挟みつつ、学校の案内をしていった。  武田君はそれとなく人のいない方に、工藤さんを誘導していく。  放課後のにぎやかさが遠い。武田君が目で合図を送ってくる。  いよいよ。 「……工藤さん、聞いても、いいかな」 「うん? 何?」 「清水さんとケンカ、してるの?」  工藤さんはちょっと目を反らす。 「……まあ、ね。あずさが何か言ってた?」  あずささんというのは、清水さんのこと。 「ううん。2人っていつも一緒にいるし……。だから、どうしたのかなって……」 「あずさが悪いの。あずさにシャーペンを貸したら、なくされたの。あずさは返したって言ってたけど、どこにもないし。お気に入りだったのに、サイテーじゃない? 謝ってくれれば許せたのに、あずさってば頑固なんだからっ」 「いつなくしたかは、分かる?」 「なんで?」 「……え、えっと、」 「――3人で探せば見つかるかも」  私がうまく言葉が出ないでいると、武田君がやんわりと入って来てくれる。 「1限目の音楽の時間なんだけど……でもいいよ、探してもらうなんて。あずさが悪いんだし」 「まあ、工藤さんがそう言うのなら分かった。ここまで付き合ってくれてありがとう」 「それじゃあ、私、もう行くね。沢海さん、武田君、また明日」 「また……」  工藤さんは階段を下りていった。 「これでケンカの原因が分かったね」 「ああ。1時限目に清水さんを見ていれば、シャーペンの行方も分かるはず」  私たちがシャーペンを無くさないようにすれば、そもそもケンカは起こらない。  ケンカの仲裁をすれば、もうループすることはなくなる。 「だから、今日はもう帰ろう」 「……うん」 「今日を繰り返すっていうのは悪いことばっかりじゃない。毎日同じ事を繰り返すんだから、これから何が起こるかを把握していれば、先回りができる」 「そうかもしれないけど、みんなが当たり前のように同じ事を繰り返してるのを見ていてなんだか……怖い」 「気持ちは分かる」  そんな話をしながら私たちは学校を出た。  はじめて誰かと帰る、それも相手は格好いい武田君(!)ということもあって、私は何を話していいのか分からなくなって俯いてしまう。  会話もなくなって、気まずい空気が流れた。  何か話さなきゃと思うけど、今日を繰り返すこと以外、私たちには共通の話題はないし。 「じゃあ、俺はここで」  そこは分かれ道。一方が私の家のある住宅地方面、もう一方は駅前の市街地方面に続いている。 「あ……あ、うん」 「また明日」 「ま、待って。武田君は、明日も転校してくるの?」  明日も転校する。それは不思議な表現だけど、私たちにとっては普通のこと。 「そういうこと。だから明日もよろしく。――ところで、名前で呼んでもいいか?」 「名前?」 「俺のことも下の名前で呼んでいいから。いつまでもお互い、名字で呼ぶのは他人行儀だろ。俺たちは願望世界を壊すための仲間なんだから」 「下の名前で呼ぶなんて、む、無理……っ!」 「なら、俺は呼んでもいいか?」 「……い、いいよ」 「じゃあ、栞。また明日」  初めて同年代の人に名前で呼んでもらった――それだけのことで、頬がひりひりするくらい火照っちゃう。
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