第2章 ループの理由

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 自転車を走らせると、昨日別れた地点にはすでに、武田君はいた。 「おはよう、栞」 「武田君、おはよう。そ、それで……」 「ああ、今日も同じ日を繰り返してる……っていうことは、願望世界の原因は工藤さんと清水さんじゃない。別の人が原因なんだ」 「別の……」 「誰か心当たりはあるか?」 「わ、分からない……。私……他の人と親しくないから」 「それなら簡単だな。栞が、クラスメートたちと仲良くなればいいんだ。仲良くなれれば、相手のことをもっと理解できるだろ?」 「わ、私が? そ、そんなの……無理、だよ。仲良くなんて……絶対、無理……」  だって入学してから今まで挨拶が関の山だったわけだし。 「心配はいらない。時間ならたくさんあるんだから。ゆっくりやっていけばいい。5月12日が何度も繰り返して、そのたびに、他の人たちの記憶はリセットされるんだから、仮に変なことをしてもみんなの記憶には残らない。会話の練習だったらもってこいだと思う。俺も協力するから」 「……でも」 「それもやめよう」 「え?」 「でも、は、なしだ。そこから少しずつ直していかないか? 5月12日が繰り返すのを止めるためにも。もちろん無理強いはできないけど、沢海さんならできると俺は思う」 「どうして、そう思えるの? 武田君、私のことは何も知らないでしょ? 私はぜんぜんできないと思う……」 「清水さんと工藤さんを仲直りさせられただろ」 「あれはでも……」 「2人がケンカする運命を変えられた。それが重要なんだ。最初は無理でも、いずれ出来ればいいんだ。今日ケンカをしても、別の日に仲直りすればいい。人とのコミュニケーションはその繰り返しだから。コミュニケーションの基本は優しさ、だから。その優しさを、栞はもってる。だから、俺は大丈夫だって言えるんだ。――とにかく今日1日考えてみてくれ。返事は放課後……いや、明日でも明後日でもいいから。『今日』はどこにも逃げない」  気付くともう、学校だった。 「それじゃ俺は職員室に行くから。少しの間、お別れだ」 「職員室? どうして?」 「俺は転校生だから、ちゃんと先生に会わないとな」 「あ、そっか」 「また後で」  みんなと話せるようになるのかな。でも武田君の言う通り、話さないことには相手のことが分からない。相手のことが分からないと、相手の悩みも分からない。なにも分からなかったら、5月12日は終わらない――。  私はもやもやしたものを感じながら、武田君の背中を見送った。  武田君は親しそうに他のクラスメートたちと話をしていた。  私なんかよりずっとクラスに馴染んでて、羨ましい……。  休み時間、なんとなく教室にいるのが気まずくって廊下に出た。  廊下には他のクラスの人たちが話をしている。 「ね、明日、学校帰りに買い物に付き合ってよ」 「何買うの?」 「CD」 「CD? 配信でよくない? サブスクとか」 「店舗特典が欲しいから。ね、半年も前から待ってて、いよいよ明日発売なのっ! 付き合って。おねがーいっ!」 「分かった分かった。そこまで拝まなくてもいいから」 「ありがと! 明日、約束だからねっ!」  どこからともなく、そんなやりとりが聞こえてくる。  他にも、 「次の休み、お母さんとライブ見に行くんだぁ。ファンクラブでチケット当選してさー」  とか、 「来月、よーやく新作ゲームが出るんだよ。早く来月にならないかなぁ」  そんなやりとりが聞こえてくる。 「…………っ」  私が問題を解決しないと、明日は決してこない。  周りの人たちは、私のように今日が繰り返していることを自覚こそしてないけど、同じ日を繰り返さなければいけない。  お母さんだって、商談を成功させるために色々と準備しているだろうし、商談が無事に終わったら、プレッシャーから解放されてホッと一息つけるだろう。  でも今のままでは次の日には何もなかったかのように、また商談に臨まないといけない。  誰かにとって、明日はとても素敵な日になるかもしれないのに。  今日、嫌なことがあった人は、嫌なことをずっと繰り返していかなきゃいけない。  そんな単純なことにもっと早く気付いても良かったはずなのに、自分のことばっかりで今まで考えもしなかった。  聞き耳を立てれば、他にも明日や来週の約束をしている会話が聞こえた。  私がいつまでもこの空間を抜け出せないと、他の人たちだって困る。  これは私にしかできないことなんだ。  私は駆け足で、自分の教室に戻る。  放課後になると、私は武田君に「屋上に来て」と言って、一足先に階段を上がって行く。  重たい扉を押し開けると、涼しい風が顔に吹き付けた。  しばらく景色を眺めて待っていると、少し遅れて武田君がやってくる。 「栞、決めてくれたのか?」 「……うん、決めた……。私、話してみる。他の人と……。う、うまくできるかは、分からないけど……」 「俺も手伝うから」 「……あ、ありがとう」  武田君は優しく笑ってくれると、私の口元までゆるんだ。 「それじゃ善は急げだ。会話の練習をしよう」 「なんだか、小学校の頃に戻ったみたい」 「でもそれくらいの気持ちでいいんだ。友だちを作ってみましょう、って。まずは俺で会話の練習をしよう。場所はどうしようか。学校でしてもいいし、俺の家でも……」 「私の家は? お母さん、夜遅くまで帰らないし」 「分かった」  自分から提案しておきながら、私は今さらながら武田君を――男の子を家に誘うという自分の大胆さに、ドキドキしてしまう。  でも私のためにしてくれることなんだから、うちでするのは変なことじゃない。  そう自分に言い訳した。
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