第2章 ループの理由

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 家に向かう間も武田君が話してくれて、私は相づちをうつばかり。  私も何か話さなきゃと思いながらも、結局、焦るばかりで言葉がでなかった。  それが申し訳なくって自然と俯きそうになって、 「顔をあげたほうがいい」  武田君にやんわりと言われる。 「あ……うん」 「それから、前髪も上げた方がいいぞ」 「ま、前髪……?」 「目を隠しちゃってる。話す時は相手の目を見たほうがいい」  たしかに目が隠れるような髪型にしているのは、人と目を合わせるのが苦手だから。  小学生の時に先生に注意されて、一時は別の髪型にしたこともあったけど、結局、戻してしまった。 「……こ、こう?」  私は恐る恐る前髪を左右に分けると、視界が一気に広がる。 「~~~~~っ!」  は、恥ずかしい……。  私は前髪を下ろしたくなる気持ちをこらえながら、武田君を見つめた。 「目が見えたほうがいい。そっちの方が栞には似合ってるし」  武田君は微笑みながらそう言ってくれた。 「……あ。ありがと」  私は小さな声でお礼を言うのがやっとだった。  しばらく歩くと、マンションが見えてくる。  オートロックの扉を開けるとエレベーターに乗り込んで5階へ上がり、廊下の突き当たりの部屋の鍵を開ける。 「どうぞ」 「お邪魔します」  武田君にリビングのソファーを勧める。 「飲み物は何がいい? ジュースかお茶、コーヒーに紅茶……」 「お構いなく」  私はリンゴジュースをグラスに注ぎ、それを出す。 「ありがとう」  私たちはソファーに向かい会うように座った。  緊張で表情が強張ってしまう。 「そんな緊張しなくても大丈夫。特別なことをするわけじゃないから。――それで、どうして他の人とは俺みたいに話せない?」 「え?」 「だって、俺とはなんだかんだ自然に話してくれるし」 「それは……この不思議な世界の問題を解決できるのを手伝ってくれてるし。私、ぜんぜん自然に話せてない。ここに来るまでだって……」  ここに来るまでに道中のことを思い出してしまう。  私は俯きそうになるのを自覚して、上目遣いに武田君を見る。 「ここに来る間、武田君にばっかり話をさせて、私は相づちをうつだけで……」 「それを気にしてたから、ちょっと表情が暗くなってたのか」 「っ!」  ばれてたんだ。それが恥ずかしく、頬が熱くなってしまう。 「そんなことは気にする必要ないんだ」 「でも、私と話をするの、つまらないよね?」 「そんなことない。無理したあげく、会話ができなくなったら元も子もないだろ。喋らなきゃって思い過ぎると、かえってうまく話せないから」 「……うまくいくかな」 「教室をよく見たほうがいい。話をするばっかりの人じゃないよ。むしろ、お互いに話したいっていう人同士じゃ、盛り上がらない。聞き上手って言葉があるだろ?」 「う、うん」 「うまく相づちを打って、相手が話しやすい雰囲気を作ることだって大切なことだ。とにかく教室を一度まっさらな気持ちで見てみたら、分かることもあると思う」 「……分かった」  でもずっと相づちばっかりで黙ってても話ができないし、どうしたらいいんだろう。 「――相づちばっかりだけじゃなくって、自分のことを話すのも方法の1つだと思う。自分のことを話せば、相手も自分のことを話してくれる」 「え……。今、私の心、読んだの?」 「まさか。そういう顔をしてたから」  武田君が笑う。 「っ!」  大人びて見えた彼だけど笑顔は年相応で、ドキッとしてしまう。 「じゃあ、会話の練習をしよう」 「どうぞっ」 「肩の力を抜いて。ただの世間話なんだから。――それじゃあ、栞。好きな食べ物はあるか?」 「オムライス……かな。お母さんが作ってくれるやつ。武田君の好きな食べ物は?」 「屋台の焼きそば」 「屋台? お祭りの?」 「そ。焼きそばそのものはそこまで好きってわけじゃないけど、出店の雰囲気の中で食べる焼きそばが最高なんだ」 「……気持ち、分かるかも」 「本当?」 「う、うん。お好み焼きとかフランクフルトとか……普段は食べないものを、つい買っちゃったりするし……」 「そうそう。お祭って不思議な魅力があるからな」 「…………っ」  話を続けなきゃ。そう思うのに、次にどんな話をしたらいいのか、分からない。 「栞、落ち着いて。深呼吸して」 「うん」  言われた通り、すぅはぁ、すぅはぁ、と私は大きく呼吸する。 「落ち着いたか?」 「だ、大丈夫……。でも、ごめん。ぜんぜんうまく出来なくって」 「焦らなくていい。すぐにうまく話せるはずがないんだからさ」 「こういう時、どうしたらいいのかな?」 「世間話なんだから、もし話すことがなかったら、適当に切り上げて終わらせればいい。無理に続ける必要がない」 「え……。変に思われない、かな」 「大半の人たちはそこまで真剣に話したりしてないから」 「難しい、ね。……明日はうまく話せるようになるのかな」 「そのうちに。とにかく明日、話してみよう。うまく話せなかったらまた、練習すればいい。クラスで話しやすそうな人はいるか?」 「いつも、学級委員長の近藤さんは挨拶したり、声をかけたりしてくれるけど……」 「そのついでに話せばいいんだ。他にも工藤さんと清水さんのケンカを仲裁した時にも」  自然に話せそうな気もするし、つっかえてしまいそうな気もする。  でも武田君がこうして練習に付き合ってくれたんだ。  とにかく明日、頑張ってみよう。  武田君の言うとおり、失敗しても1日経てばみんな忘れるんだし。 「じゃあ、俺はそろそろ帰る」 「今日はありがとう」  私は玄関まで送る。 「それじゃ、また明日」 「また明日」  私は小さく右手を振って、武田君を見送った。  と、帰りかけた武田君が振り返る。 「? 忘れ物?」 「覚えていて欲しいことがあるんだ。――自分から動けば、世界は変わる」 「どういう……意味?」 「やってみれば分かる」  扉を閉める。 「自分から動けば、世界は変わる……」  呟いてみるけど、よく分からなかった。
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