第1章 5月12日

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 いつもより早めに登校しているせいか、通学路を歩く同じ学校の制服を着ている人たちの姿もまばら。  うちの学校は男子は詰め襟、女子はセーラー服。  制服を着て登校する風景はまだ見馴れなかった。  学校までは自転車で20分の距離。  私はいつものように自転車を走らせて校門を抜けると、校舎の裏手にある駐輪場に駐めて、玄関に入った。  と、1年生の下駄箱の付近に、人がいることに気付く。 「あ、沢海さん、おはようっ」  挨拶してくれたのは、ショートカットの近藤晴海さん。 「お、おはよう……近藤さん」  私は目を合わせずにそう言った。  クラスメートの近藤さんはハキハキした性格で、クラスを引っ張る女子のリーダー。  体育の時間とかペアにならなければいけなくって私があぶれていると、いつも気を遣ってペアを組んでくれる。  普段、とても明るい近藤さんはしきりに辺りを気にしたり、そばにある柱に背をもたれたりして、なかなか玄関から離れないみたいだった。  どうしたんだろう。  気にはなったけど、そんなことを聞けるほど仲が良くないから、そのまま玄関を後にする。  でも教室へは直接行かずに、図書室に立ち寄った。  何かしなきゃいけないことがある訳じゃないけど、HRの時間まで教室にいるのは手持ちぶさたになっちゃうから、図書室で時間を潰すのが日課になっている。  朝の図書室は普段は人がいないんだけど、今日は違った。  三つ編み髪の図書委員の子が、本の整理をしている。  私は夏目漱石の短編集を本棚から取ると、席について読む。 「――きゃっ」  しばらくすると、小さな叫びが聞こえた。  顔をあげると、整理のために積んでいた本が雪崩を起こしていた。  図書委員の子が、助けを求めるみたいに私のことを見た。  手伝わなきゃ。  そう思うのに、私は本をその場に置くと図書室を飛び出してしまう。  どうして逃げてしまったのか自分でも分からない。  手伝ってあげるべきだったのに……。  罪悪感を抱いたまま教室へ戻る。  私の席はベランダに面した列の一番後ろ。  話で盛り上がっている賑やかなクラスメートたちを尻目に、そそくさと席につく。  私は1限目の音楽の準備をしながら、聞くともなしに周りの会話を耳にする。 「――なあなあ。俊一郎ぉ、今日部活休みだろ。どっか寄っていこーぜー」 「いいぜ」 「ちょっと綿引君。なにが、いいぜ、なの? 今日は学級委員の集まりがあるでしょ。忘れた?」  近藤さんが、綿引君たちに近づく。近藤さんと綿引君がこのクラスの学級委員だ。  玄関で見た時とは違って、いつもの近藤さんだ。 「あー。集まりって、今日だっけ?」 「うぉ、怖ぇ。カノジョが怒ってるぜー、俊一郎」 「カノジョじゃないから。――それで綿引君、今日の集まりなんだけどそこで話す内容をまとめてみたんだけど、見てくれる?」 「分かった。――そういうことだから、また今度な」 「サボらないのかよぉ!」 「サボらないよ」  綿引君は追いすがる友人をやんわりと押しのけ、近藤さんから渡されたノートに目を通す。  しばらくして担任の佐藤麻美先生が入って来ると、クラスメートたちは急いで席に戻っていく。 「みなさん、おはようございます」  おはようございます。クラスメートたちが口々に言った。  先生はいつも通り、連絡事項を伝える。  そして1時限目を知らせるチャイムが鳴った。 「それじゃあ、今日も一日しっかり勉強してくださいね」  そう言って、先生は教室を出て行った。
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