第1章 5月12日

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 いつもより早めに教室に入ると、席に座る。  どうして逃げちゃったんだろう。  手伝います――そう言えばいいだけなのに。  今さら反省しながら、HRが始まるまでいつもようにスマホで時間を潰す。  と、スマホの日付に違和感を覚えた。  あれ? 今日って5月12日?  12は、昨日じゃなかったっけ?  黒板の日直のところを見る。日直のクラスメート、2人の名前があって、今日の日付も書かれているけど、5月12日とあった。  本当に12日なの?  でも確かに昨日が12日だったはずなのに。  そんな風に悩んでいる間に朝のHRを知らせるチャイムが鳴ると、先生が教室にやってくる。  いくつかの連絡事項を終えた後に、 「突然ですが、みなさんにお知らせがあります。今日からこの教室に新しい仲間が加わることになります」  その一言に、クラスがざわめく。 「みなさん、静かに。静かにしてください。――武田君、入ってきなさい」 「はい」  前の扉が開くと、詰め襟姿の細身の男子が入って来る。 「格好いいーっ」 「武田くんって言うんだぁ」  女子生徒が黄色い声をあげた。  声こそあげなかったけど、私も武田くんから目が離せなかった。  茶色がかったさらさらの髪に、二重で切れ長の瞳は赤味がかって、背はすらりと高くって、同じ制服なのにクラスの他の男子とはまとう空気感が違った。 「武田君、自己紹介をして下さい」  武田君は『武田蓮介』と黒板に書いた。 「武田蓮介(たけだれんすけ)と言います。親の仕事でこの街に引っ越してきました。よろしく願いします」 「それじゃ武田君に質問がある人、いますか?」 「はいはーいっ! 趣味はなんですかー?」  女子の1人が先生の許可を待っていたように、手を挙げながら言った。 「サイクリングです」 「じゃあ、今日の放課後、一緒に河原までサイクリングに行きませんかーっ?」 「あはは。そうですね……」 「こらこら。寄り道は禁止ですよ。――それじゃあ、武田君の席は沢海さんの隣の席です」 「分かりました」  いいなぁ、とクラスのそこかしこから声が聞こえてくる。 「っ」 「よろしく、沢海さん」 「……う、うん」  私は満足に武田君のことを見られなかった。  武田君は最初こそ女子人気を集めたことで男子陣からは不評みたいだったけど、体育の時間にサッカーで見せた活躍で、午後になると男子からの人気も上がった。  でも一番の理由は、クラスの中心にいる学級委員の綿引君が、武田君とすぐに仲良くなったことが大きいと思う。  授業の後、男子の運動部員たちからうちに来いよ、とかなりしつこく勧誘されていたけど、武田君は「そのうちにね」とはぐらかしていた。  運動だけじゃなくって、武田君は勉強もできた。  そんな完璧な人がいるなんて信じられなかったけど、私は授業になかなか集中できないでいた。  だって、どの教科も昨日やったのと全く同じ内容だったから。  でもそれを指摘する人は誰もいない。  授業中だけじゃなくて、休み時間中も誰も話題にださない。  昨日やったのとまったく同じ内容なんだから、仮に先生が勘違いしたとしても誰かが指摘してもおかしくないはずなのに。  それに、今日の数学の時間、先生は昨日出したはずの宿題のことを一切話題にださなかった。  数学の先生は厳しいから、自分が出した宿題のことを忘れるなんて考えられないのに。  それどころか授業の終わりには、昨日出したはずの宿題を明日までにやってくるようにとまで言ったのだ。
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