第1章 5月12日

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 私はいつものように教室ではなくて、中庭でお弁当を食べていた。  木陰が涼しくて、絶好のお昼ご飯ポイントだ。  行儀は悪いけどお弁当を食べながら、午前中の授業のノートをぱらぱらとめくる。  何度も自分の勘違いだと思おうとしたけど、無理だった。  板書はもちろん、授業の内容もはっきりと聞き覚えがあったから。  こういうのも、デジャヴって言うのかな。  でも私が経験しているのは、そんな気がする程度の曖昧なものじゃなくって、もっとはっきりとした確信があるもの――。 「――勉強熱心なんだな」 「!!」  はっとして顔をあげると、武田君がいた。 「た、武田君……。ど、どうしたの……?」  私は目を伏せてノートをパタンと閉じる。  油断舌姿を見られた恥ずかしさで、頬が熱くなる。 「邪魔しちゃってごめん」 「い、いいの……。それより、どうかしたの?」 「沢海さんを探してたんだ」  わ、私を? 「どうして?」 「学校にまだ不慣れだから、校舎の案内をお願いできないかなって。もちろん今すぐじゃなくって、放課後にでも」 「どうして、私なの? 近藤さんとか、綿引君にお願いしたら……」 「まあそうだけど、隣同士のよしみってやつ? 迷惑ならいいんだけど」 「……そ、そういう訳じゃないけど……」 「お願いできる?」 「……分かった」 「それじゃあ、メッセージアプリのID教えて」 「え」 「念の為にさ。もしかしてメッセージアプリ、やってない?」 「……や、やってるけど」 「じゃあ、教えて。ついでに電話番号も。俺のも教えるから」  武田君の強引さに驚きながらも拒否なんてできないし、交換する。  お母さん以外で交換した、はじめてのIDと電話番号。  武田君は「それじゃ、放課後に」と言って去って行った。  私も武田君くらいズバズバ言えたら、友だちができるのかな……。  帰りのHRが終わると、武田君の席は今まで以上に部活を勧誘する男子や、一緒に帰ろうとする女子たちで騒がしかった。  校舎を案内する話、どうするんだろう。  忙しそうだし、このまま帰ろうかなと考え始めていた矢先、スマホが震えた。  武田君からのメッセージだ。  ――お昼に会った中庭で待ってて。  私は言われた通り中庭で待っていると、 「沢海さん、遅れてごめんっ」  武田君が駆けよってくる。 「ううん……。へ、平気。まず、どこからがいいかな」 「どこからでも。ざっと教えてくれればいいから」  私も1年生だからまだ不慣れなところもあったし、武田君みたいな格好いい人と一緒にいることでかなり気後れして、いつも以上に目を合わせられないまま体育館や音楽室や家庭科室などを案内していった。  武田君は軽く相づちをうちながら授業のことを質問したので、分かる範囲で答えた。 「屋上には行けるの? 前の学校だと行けたんだけど」 「……どうかな。行ったことないから……」 「なら、試しに行ってみよう」 「えっ……でも」 「いいからっ」  教室で見た武田君は理知的で大人びていたけど、今の彼はすごく子どもらしい。  どんどん武田君が階段を上がって行くから、私もついていくしかなかった。 「先生に見つかったら怒られちゃうかも……」 「俺に強引に連れてこられたって言えばいいよ」 「それはさすがに……」  武田君が扉のノブに手を掛けると、開かなかった。 「ほら、鍵が……」 「鍵じゃないな。立て付けが悪いだけだ」  武田君がしばらくノブを回していると、厚みのある扉がギィッと音をたてながら開く。 「開いた。――沢海さん、すごくいい景色だっ」  涼しい風が気持ちいい。  髪を押さえながら、初めて屋上に出た。  このあたりは背の高い建物がないせいか、市街地の方まで見渡せる。  青い空を大きな雲が泳いでいるみたいにゆっくりと風に流されて、学校が大きな影に包まれた。 「沢海さん、変なこと聞くんだけどさ」 「?」 「最近、不思議な体験とかしてない?」 「不思議……? たとえば?」 「んー……なんだか、不思議な世界に迷い込んだみたいな体験、とか」  昨日と同じことが繰り返されることが思い浮かんだ。  でもそんなことを言ったら、変な人だって思われちゃう。 「ううん。平気、だよ」 「本当に?」  武田君からじっと見つめられる。 「どんな些細なことでもいいんだけど」  武田君の真剣さに、怖くなってしまう。  彼が一歩、近づいてくる。  そうなったら、駄目だった。 「ご、ごめんなさい……!」  逃げ出してしまう。  でもこのまままっすぐ玄関に行くと鉢合わせてしまいそうな気がしたから、手近な空き教室に飛びこんだ。  そこで乱れた呼吸と暴れる鼓動を押さえながら、やり過ごすことにした。  結局、1時間近く待ったかもしれない。  日が暮れていくのを眺めながら、もういいだろうと恐る恐る玄関へ向かう。  玄関の様子を確認して誰もいないと分かると、ほっと胸を撫で下ろして上履きから靴に履き替え、校舎裏の駐輪場に向かって駆け出す。  いつもよりも帰宅時刻が遅くなってしまったせいか、すごく静かだった。  何……?  不意に誰かの声が聞こえたような気がして、耳を澄ませる。  確かに聞こえた。聞き間違いじゃない。  私は声のするほうへ向かっていく。  向かった先に、女子生徒がうずくまっていたのだ。 「……こ、近藤、さん……?」  呼びかけると、近藤さんは反応した。 「沢海さん?」 「大丈夫!?」  近藤さんは目を真っ赤にして泣いていた。 「近藤さん、どうしたの!?」 「これは、何でもないから……」 「で、でも」  泣きはらした顔を見る限り、何でもないなんて信じられない。 「本当に平気……平気、だから……っ」  とても信じられなかったけど、それ以上、踏み込むことはできなかった。 「分かった……」  私が駐輪場に行こうとすると、呼びかけられた。 「待って、沢海さん。このことは誰にも言わないで……っ」 「う、うん、言わないよ。大丈夫だから」  近藤さん、いじめられてるの?  でも、近藤さんはいつだってクラスの中心なのに、そんなことあるのかな……。  私はできるかぎり近藤さんを見ないようにして、駐輪場へ戻った。
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