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何が起こっているかなんてぜんぜん分からないけど、家にいても何も始まらない。
私は朝食を食べ終えると、登校する。
学校の駐輪場に自転車を止めると玄関へ向かう。
玄関には近藤さんがいて、誰かを待っているのかどうかは分からないけど、落ち着かない様子だった。
昨日の泣きはらした近藤さんのことが頭を過ぎる。
近藤さんも私に気付く。
「沢海さん、おはよう」
「お……おはよう」
上履きに履き替え、図書室に向かいかけて足を止めた。
図書室には図書委員の人がいて、本の整理をしてるんだけど、積み上げた本を崩してしまうんだっけ。
あの場に居合わせても、私には何もできない。気まずい思いをするだけ。
それが申し訳なくて図書室には行かず、校内を歩き回って時間を潰すことにした。
体力的にも精神的にも朝からクタクタになりつつ、教室に行く。
「っ」
まっさきに確認したのは黒板。そこに書かれた日付は、5月12日。
分かっていたけど、やっぱり繰り返していることが怖くなる。
席についてしばらく待っていると、先生が現れた。
次に起こることは、いつも通りの連絡事項。
「――というわけで、以上がみなさんへの連絡です。でも今日はもう1つあります。今日はみなさんに、新しい子の紹介をしたいと思います。――武田君、入って来なさい」
「はい」
現れたのは、武田君。
女子の黄色い声があがり、先生が「静かに」と注意する。
武田君は、昨日聞いたとおりの挨拶をして――。
その時、とある違和感を覚えた。
なんだろう。
考えている間に、先生が武田君に私の隣の席を指定する。
「よろしく」
武田君が人懐っこい笑顔で言うけどれど、昨日の怖いくらい真剣な表情がどうしても頭から離れず、
「う……うん」
私は曖昧に頷くことしかできなかった。
昨日のことを思い出すと、武田君への苦手意識がどうしても芽生えてしまう。
それからは昨日起こったことが繰り返された。
体育の授業で活躍した武田君を男子が褒めて、部活に勧誘する。
女子たちは武田君のことを少しでも知りたいと殺到して、私の席周辺がすごく騒がしくなる。
そしてお昼休み。
私はお弁当をもって中庭へ向かう途中、昨日は武田君が中庭にやってきて、学校の案内を頼まれたことを思いだし、屋上に向かうことにした。
本当はいけないんだろうけど、武田君と2人きりにはなりたくなかった。
階段を上がり、屋上に通じる扉のノブを昨日の武田君と同じ要領でガチャガチャと回しながら力をかけると、扉が開いた。
屋上の片隅で黙々とお弁当を食べながら、街の景色を眺めるのはとても気持ち良かった。
そこで、私は感じていた違和感の正体に気付いた。
はじめての5月12日――武田君はいなかった。
でも2回目の5月12日、つまり昨日、武田君が突然、現れた。
どうして一番最初の5月12日に武田君はいなかったんだろう。
いくら考えても答えはでなかった。
そうこうしているうちに、教室に戻らないと次の授業に遅れてしまう時刻になってしまう。
空になったお弁当を小脇にかかえて屋上から出ようとしたその時、重たい扉が向こう側から開いた。
「沢海さん、ここにいたんだ」
「! た、武田……君……っ」
「待った。逃げないでくれ」
私に、武田君が声をかけてくる。
「昨日のことを謝りたいんだ」
「き、昨日……?」
「そう。ここで問い詰めるような格好になったけど、怖がらせるつもりはなかったんだ。でも大切なことだったから、つい……」
「き、昨日ってなに? だって武田君は今日、転校してきたばっかりで……」
「他の人にとってはそうだけど、沢海さんは違うだろ。昨日、俺が転校しているのを知っているはずだから――いや、5月12日がループしているのを……」
「! 武田君も、5月12日を繰り返してるの!?」
「そう。でもその前に、沢海さんが置かれてる状況を説明したいんだ。いいかな?」
「……うん」
少し迷いながらも、私は頷いた。
「――どんな人でも超能力者だって話、聞いたことはある?」
「超能力……? スプーンを曲げたり、とか?」
「まあそんなものかな。他にも離れた物体を自由自在に動かしたり、透視能力だったり。人は力の大小の差はあっても、誰にでもそういう能力は備わっている。でも大半の人達の能力はごく僅かだから、実際、目に見える形で超能力を使うことはできない」
そう語る武田君は真剣そのもの。
どうしてこんな話をしてるんだろう?
「でも稀にだけど、その力がとんでもないことを巻き起こすことがある。その条件は2つ。1つは、対象者が怒りや悲しみのような激しい感情を持っていること。もう1つは、その人の傍に力を増幅させる感受性の強い人間がいること。その感受性の強い人が、沢海さんなんだ」
「5月12日を繰り返してるのは、私のせいなの?」
「そうじゃない。沢海さんは、巻き込まれただけなんだ。沢海さんの力を借りて溢れ出した力は、この現実世界にもう1つの仮想空間を生み出した。俺たちはそれを願望世界と呼んでいる。対象者が望んだ通りの世界。今回で言うなら、激しい感情を抱いた対象者は5月12日が永遠に続く願望世界を造り出したってことになる」
「俺、たち?」
「俺が所属する組織は日夜、願望世界を壊すために働いてるんだ。俺の能力はダイバー。願望世界と現実世界を記憶を保ったまま、行き来できる。沢海さんの周りの人たちは5月12日が繰り返されてることに気づいてないんじゃないか?」
「そ、そうなの。お母さんも誰も……。当たり前みたいに同じことを繰り返してて……」
「それが普通なんだ。ダイバーの能力を持たない普通の人たちにとって、繰り返される5月12日はただの日常なんだ。それが何百回ループしても気付けない」
「武田君は願望…世界?を壊すために働いてるって言ったけど、どうしたら壊せるの?」
「願望世界を造り出した人を特定し、原因を解決する。今回で言うと、5月12日を繰り返す原因を探すんだ。どうしてループするのが11日や13日じゃなく、12日なのか。この世界を造り出した人間にとって今日という日がどんな意味を持っているのか……」
「だから武田君は1番はじめの5月12日にはいなかったんだ。あなたが転校してきたのって、2回目の5月12日からだった……」
武田君はふっと気を緩めたように微笑んだ。
「沢海さんは冴えてる。そう。組織が願望世界の発生を特定し、俺を派遣したんだ」
「……じゃあ、願望世界を造り出した人を特定しないといけないんだ。その人はどこにいるかは分かってるの?」
「まだ。でも範囲は特定できてる。沢海さんのクラスメートの誰かだ」
「ほ、本当に?」
「特定の日をループする願望世界なんて初めてなんだ。街中で擦れ違っただけじゃここまでの大きい影響は受けない。だから長く一緒にいるクラスメートの誰か、なんだ。問題を抱えてるクラスメートに心当たりはあるか?」
そう言われても困ってしまう。
だって友だちがいないから、問題があるかどうかなんて分かるはずもない。
まともに話したことがないんだし。
それでも5月12日をずっとループするなんて、そんなのは嫌だ。
私は必死に記憶を探る。問題。何か問題が――。
「あっ」
「思い当たることがあったのか?」
「う、うん。いつもすごく仲のいい工藤さんと清水さんがケンカしてるみたいなの」
「原因は?」
「分からない……。でも、すごく仲がいいのにケンカしたら、明日なんて来ないで欲しいって思うんじゃないかな。だって、教室で顔を合わせなきゃいけないんだし」
「なるほど。そうかもしれないな。それじゃ、2人に事情を聞いてみよう」
そこで、5時限目を知らせるチャイムが鳴った。
私たちは急いで教室に戻った。
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