プロローグ

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プロローグ

 小学校4年の私はランドセルを揺らしながら、家に帰るために通学路を歩いていた。  気付くとあたりは真っ黒だった。  夜っていう意味じゃない。だって私は夕日で長く伸びた自分の影を見ながら歩いていたから。  いつも通るはずの鈴木さんの大きな家とか、チロっていう柴犬のいる橋本さんのおうちとか、何もかも真っ黒に塗り潰されていた。  空も地面も、真っ黒。  真っ黒い世界から逃げ出したくって、走り出す。  でも、どれだけ走っても、真っ黒い世界は終わらない。  走れなくなった私は、座り込んでしまう。  もう一生、家に帰れない。  恐怖と寂しさで、泣いてしまう。 「ままぁ……えぐ、えぐ……うう……」 「大丈夫?」 「……え?」  顔をあげた私の目の前に、男の子がいた。  茶色がかかったさらさらの髪に、赤味がかった瞳。  私と同じくらいの年の男の子。  見覚えはないから、近所の子じゃない。 「きみ、名前は?」 「……沢海、栞……」 「しおりちゃんか。家まで送ってあげるからね」  男の子は右手を伸ばしてくれる。  私はすがりつくようにその手を取ると、男の子に立たせてもらった。 「大丈夫。大丈夫だから」  男の子は励ましながら、私の前を進む。  温かな手。その温もりがあるだけで、恐怖も寂しさも不思議と感じなくなった。  男の子の言う通り、本当に大丈夫な気がしてくる。 「ついたよ」  男の子は立ち止まった。  そこは、私の家があるマンションの前。  真っ黒い世界はもう、どこにもない。  近所のおばさんが普通に歩いているし、いつも見かける犬の散歩をしているおじいさんの姿もあった。  茜色に染まった空とどこからか流れてくる夕飯の香り、見馴れた街並み――。 「じゃあね、栞ちゃんっ」 「あ、ありがとう」 「ばいばいっ」 「うん、ばいばい」  男の子は右手をあげながら、走り去っていく。  私はさっきまで男の子と繋いでいた手を見つめる。  胸がドキドキしていた。痛くないけど、少し苦しかった。  あの男の子の名前、聞き忘れちゃった。
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