美少女戦士たちの憂鬱

3/7
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
 春もうららかな午前中のカフェ。こんな日でも働いている人がいると思うと頭が下がる。そう思うのは私もただの戦士というわけではなく、”社会人”であるからだろう。  桜は随分に前に散ってしまったが、緑が日を追うごとに生き生きとしてくる季節だ。  木漏れ日の差す場所が温かい。私はコーヒーカップを持ち上げた。  今日は店内ではなく、庭のテーブル席で斎藤美幸―――プリティーハッピー―――を待つことにしたのだ。  よく手入れされた花壇には菜の花だろうか? 黄色い花が咲いていた。  時計は11時を指している。 「ごめん、ごめん。待った?」謎のロゴが入ったかわいらしいTシャツにジーンズ。少し茶色の入ったショートボブ。そして本当は不自然なのに”ナチュラルメイク”という名を与えられたメイク。今日も相変わらずの守ってあげたい系女子。身長は意外にも163cmで高めだ。    彼女こそ「夜空に咲く満天の花、慈愛のプリティーハッピー」その人である。  私とは対照的。  風に揺れる長い髪。170cmの長身。頭を良さげに見せるための黒縁の眼鏡。そしてキャリアウーマンを彷彿とさせる黒いスーツ。タイトスカートではなく、パンツなのは男社会に溶け込むための処世術なのか、それともジェンダーに対する反抗心か。 「猛き炎、蛮勇のプリティーブレイブ」その人である。と、ナレーションが入りそうだ。  今来たところ、と応えるとそうなんだ、じゃあ私も同じコーヒーで、と美幸は店員さんに注文する。呼称に男性性、女性性を使用することを私は嫌う。そういう理由でウェイトレスやウェイターという表現はNGだ。 「めずらしいじゃない? 有紀から呼び出しなんて」と、美幸の笑顔がかわいい。私と同じ●0代なのにかわいい。神は人を作らないということを実感させられる。  今回の趣旨は相談したい、というよりは―――共感を得たい―――というのが本音だ。  私は大学を卒業して以来、転職は4回。今の職場は7年目になる。  特に取柄らしい取柄がない私なのだが、先日、管理職への昇進を打診された。素直にうれしかった。認められた、と思ったのだ。 「―――竜胆さん、独身だし、年齢的な安定感もあるから仕事に穴は空けないと思うし。それに、期待しているのは仕事内容というよりは、女性らしい気遣いとか―――まぁ、そういう感じだからさ。あまり重く受けとめないで気楽に考えてよ」仕事なのに、”気楽”? ”女性らしい気遣い”って具体的に何? ”独身”? これは今関係ないよね?  私は「ははは」と、反射的に愛想笑いをする。 「最近、うちの会社もさ、女性の社会推進? 働き方改革? そういうのが流行っているんだよ。本社に行ったらみんなそんな話してんの! そんなわけで女性管理職の数も大幅に増やせ! て、なってね。でも、女ってさ、すぐに辞めるじゃない? 結婚とか妊娠とかでさ。いやいや、悪いっていうんじゃないよ! ただの事実っていうことだよ。ははは。そういえば竜胆さんって3回も転職しているんだっけ? 男だったらそういうわけにはいかない。家庭なんてもったら余計にできないよ、転職なんていう無責任なことは。この辺のことはわかるよね?」  は!? 何を言っているのだこの●●●は? 頭に脳味噌が詰まっていないのか、それとも腐ってしまったのか?   だめだ。情けな過ぎて泣きそう―――。  我々の宿敵である”ダークネスエージェンシー”の連中でもそんなことを言うやつはいない。むしろ女性幹部はわが社に比べて多いと思う。半分くらいは女性だ。 「―――と、いうことがあってね」と、一気にまくし立ててしまった。これは自分の悪い癖だと思う。 「え! 有紀、課長に昇進するの? おめでとう! スゴイじゃん!」 「いやいや、どう考えて数合わせでしょ。ていうか、今の話聞いてた? 論点そこじゃないんだけど……」 「でも、仕事の実力があっての前提でしょ? スゴイよ。うんうん。じゃん」  ―――かっこいい―――ねぇ……  ●0過ぎるとこれは呪いの言葉かもしれないのだが……。 「有紀は自分の好きなように仕事して、キャリアもしっかり積んでいてキラキラしてると思うな。ウソや粉飾のないインス●グラムみたい」わざとか天然なのかは知らないが、今の発言は結構な人数を敵に回したと思う。 「結婚して子供もいて、フリーランスでなにもかも両立している美幸の方が輝いているようにも見えますがね、奥さん」 「いや、私はというのはあきらめたからさ」と、美幸は少し声のトーンが低くなった。 「結婚するまで―――いや、子供が生まれるまでかなぁ、ホントは女性誌の編集を担当できるようになるまでは頑張りたかったんだけどねぇ。妊娠して、産休をとって。子供生まれてからもすぐに復帰できるわけではないからさぁ。それでやっと落ち着いたと思って会社に行ったら、まぁ、もう自分の居場所なんてないわけよ。ぜんぜん仕事の話にも入っていけないし、それに定時で帰るなら―――って話にもなるしね。会社辞めてからも大変だよぉ。職安に行ってもこっちの都合のいい時間帯とかはほとんどないし、パートってそもそも時給も高くないし。なんか自分だけが社会に取り残された気分になって。おおげさだけど夢に向かって頑張ってた自分っていったいどこにいったのかなぁ、なんて考えたりもしたよ。それに―――」 「ダークネスエージェンシーとの戦いは不定期に続く―――」と、私はとっさに合いの手を入れる。  美幸は立ち上がり「それだ!」と、気炎を上げるが、自分でも大きな声を出して周囲のみなさんにご迷惑をおかけしたことに気づく。軽く会釈しつつ席につき、小さく、ごめん、と呟いた。  私は軽く右手を上げて、気にするな、と合図する。 「それにしても、ダークネスエージェンシーとは長く戦ってきたんだけどさ」と、美幸は落ち着きを取り戻して続ける。 「―――ホントの敵、本当に戦わなければならないのは”女性の役割”という歴史概念? 歴史観念? 価値感? だったり、ジェンダー問題だったりしてね」笑えない結論だが、私は笑ってやり過ごす。  その時、涼子のことを思い出した。 「本当の敵は今の社会? それじゃダークネスエージェンシーとやることは変わらないかもだけどね。涼子はそれをわかっていたのかな?」と、美幸に問う。 「涼子がいなくなってもう―――2年か」  諸葛涼子(もろくずりょうこ)―――凍てつく氷濤、叡智のプリティーワイズが失踪してから丸2年が経とうとしていた。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!