本当にそんなんで勝負する気ですか、先輩?

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 そんな富樫先輩がゾンビになってしまった。  ジャージ上下に短く刈り込まれたスポーツ刈り。ゾンビになっても精悍なイメージは変わらない。 「佐々木くん。君は富樫先輩との間で何か後悔が残っているんじゃないのかい?」田中(蘊蓄王(仮))が珍しく核心をついた質問をしてくるので、佐々木は思わず「うっ……」と、たじろぐ。 「あそこに松明があるのが見えるかい?」そう言うと田中(略)はまたしてもビシッと効果音がなるが如く、右手でグランドの一点を指し示す。と、同時に左手で眼鏡をくいっとするのも忘れていない。  佐々木、佐藤、吉田の3名はやれやれといった感じで田中(略)が示す方向に視線を移す。 「松明ってなんじゃ、そりゃ!」と、3名は胸の内でツッコミを入れる。田中(略)との不毛なやりとりを省く方法は一つ。『ツッコまないこと』だ。  鹿庭羽高校の幅跳びのフィールドは全長が約50m。その内、砂場は8mほどだ。  そして、その砂場の向こう端にあったのだ。  松明が。  煌々と燃えている。  なんなんだ、あれは? いや、松明だってことはわかるけど。 「―――なんだ、あれ?」迂闊だった。吉田がツッコんでしまった。  うなぎに梅干し。熊に山椒。田中(略)にツッコみなのだ。 「いやぁ、吉田くん。非常に良い質問だよ! これこそ興が乗るというもの。よくわかっているじゃないか!」田中(略)は口角を上げつつ、吉田の肩をバシバシと叩く。吉田が「おい! 痛ぇよ!」と言ってもお構いなしだ。 「あの松明は俺が設置したものだ」田中(略)は胸を張って誇らしげに言う。    もうこいつの言っていることは理解不能だ。あんなところにどうやって松明を置いてきたのだ。ゾンビたくさんいるじゃん。それにその必要性は? なんなのこの人。もう少しマジメにやれ。 「あの松明は富樫先輩と佐々木くん、君たちのために設置したものだ」 「先輩と……お、俺のため?」佐々木はまったく要領を得ない。いや、誰も理解できない。 「そうだ」 「……」佐々木はまったく要領を得ないのだった。 「……。そうだ。と、言っているんだが?」 「―――いや、だからさ。説明がほしいわけよ。せ、つ、め、い、が!」迂闊だった。佐藤がツッコんでしまったのだ。  紙面の関係上、そして妄想癖のある誰かさんの特性上、このままなんとなく終わらせてしまうという気持ちの悪い終わり方もあったのに。  それなのに佐藤は空気を読めずにツッコんでしまった。  まさしくバッドプレイである。略して「バップ」。麻雀の罰符(バップ)とは発音も意味も似ているが、これこそ似て非なるものである。 (※ ちなみ罰符とはペナルティなので正確にはバッドプレイそのものというわけではありません)  こうなると高感度ツッコミセンサーの田中(略)が黙っていない。 「そうだよね、うん。君の言うとおりだよ、佐藤くん。俺は説明が足りていなかった。では、お話ししよう。富樫先輩と佐々木くんの物語を―――」  こうして不毛な時間はしばらく続いた。
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