本当にそんなんで勝負する気ですか、先輩?

7/7
前へ
/27ページ
次へ
 気づかなかっただけで結構な時間を不毛に過ごしたようだ。  まだ午前中かと思っていたが、日は西に傾きかけている。  いつもだったら部活が始まる時間だ。  それはそれとして、助けとかは来ないのか?   田中(蘊蓄王(仮))を含めた4人はなんとなくそう思ったがこれから始まる鹿庭羽高校ビーチフラッグ大会決勝戦に集中するため、あえて何も言わない。  あの田中(略)でさえグランドまで何も言わずに降りてきたのだ。  走り幅跳びのフィールドには富樫先輩がウォーミングアップを済ませて待っていた。佐々木と目が合っても何も言わない。いや、ゾンビ化しているから何も言えないのだ。しかし、その目は死んでいない。  ゾンビは肉体が腐っているが走ることができるのか? と、佐々木は思う。それに対して「そんな質問は野暮だぜ?」と、富樫先輩なら答えるだろう。 「それではルールを説明する。そもそもビーチフラッグとはライフセービングにおいてライフセイバーが行う、走力や反射神経、瞬発力を鍛えるためのスポーツである。今回のフラッグはあの松明だ。富樫先輩はゾンビなので火には気を付けてください。火の部分を持つと体は燃えます。選手はフラッグから20m離れたところに顔を松明とは反対側向けてうつぶせに寝る。吉田の持っている競技用ピストルの号砲の後、松明に向けて走り、先に松明を抜いた方が勝ちとする。富樫先輩。いいですか? 火にはくれぐれも気をつけてください。本当に燃えますからね」田中(略)の長くてくどい説明が終わり、佐々木と富樫はスタート位置についた。  富樫はジャージ上下、佐々木は走り幅跳びの競技用の服装となっている。見た目からすると富樫の方は動きにくそうだ。 「富樫先輩。本当にそんなんで勝負する気なんすか? 短距離走でも俺の方が速かったこと忘れてません?」  挑発ととられてもいい。ただ全力の先輩と勝負したい。  富樫先輩は黙ってジャージを脱いだ。その肉体は腐っているが、目だけは死んでいない。  そうだよ。その目だよ。  いつだってウザいぐらいに努力して、勝てないってわかっている勝負でも絶対に諦めない。  その根性がどこから湧いてくるのか? 「『できない。もう無理』って言えるほど、お前は努力しているのか?」 「え?」佐々木には聞こえた。これは富樫先輩の声だ。 「多分、これが最後の勝負だ。勝っても負けて俺は駆除されるだろう。そのための松明だろ? 田中はバカだがそういうところだけは頭が回る」  間違いなく富樫先輩の声だった。  田中(略)が佐藤に何か渡している。ライターと新聞紙だ。 「まぁ、そういうことだ」この声は佐々木にしか聞こえていない。 「富樫先輩……」さきほど田中(略)が富樫先輩に注意していたのはだと言うのか。 「おい、おい。勘違いするなよ。勝負は勝負だ。俺は負けない。俺は県大会に出場しているんだからな」富樫先輩は不敵に笑う。 「そうでしたね。俺も負けませんよ」 「ゲット ユア マーク!!」田中(略)の発音はなぜかムカつく。  佐々木と富樫はうつぶせに伏せる。 「よーい!」パン! 吉田が号砲を鳴らした。  佐々木は素早く立ち上がりフラッグへと突き進む。  ビーチフラッグ競技の結果は一瞬。4秒もあれば終わってしまう。よそ見は禁物だ。  佐々木はタータン部分の滑走を終え、砂場に足を踏み込む。重い。砂とはこれほどまでに重かったか。  その時、ふと隣に視線を移す。  いた。富樫先輩。ふたりに差異はない。  この人は本当にゾンビ化しているのか?   ゾンビって動きが遅いんじゃなかったのか?  なんでそんなに俊敏に動けるんだ?  それも根性っすか?  でも―――勝つのは俺です。  松明までの距離はいくらもない。佐々木は体全体を使って前に跳んだ。そして、松明に左手を伸ばす。  酸素が足りない。視界が狭くなる。  富樫先輩も同時に跳んだ。その腐敗した黒ずんだ右手が佐々木の左目に映る。  ―――でも俺の方がはやい!   佐々木の左手と富樫先輩の右手がわずかに松明に触れる。やはりほぼ同時。富樫先輩は―――。佐々木にとなりを見る余裕はない。その代わりに富樫への思いが脳内にあふれだした。  富樫先輩の努力。俺はずっと見てましたよ。    どんなに時でも手を抜かないそのストイックさ。俺にはない情熱。マジでウザいぐらいっすよ。  今まで言えなかったけど県大会出場おめでとうございます。  ただの努力っていくらでも人を裏切りますけど、方向性の間違ってない努力って実るんすね。  先輩、なんでゾンビになっちゃったんすか? まさかとは思いますけど彼女から感染とかじゃないっすよね? ああ、すんません。先輩、彼女いないっすもんね。  結局、これで俺が勝っても走り幅跳びって競技では先輩の勝ち逃げじゃないっすか?  まぁ、別にいいっすけどね。  俺、心入れ替えて頑張ってみますわ。努力とかあんまり好きじゃねぇけど、走り幅跳びは好きなんで。  先輩の分まで頑張るっていうじゃないんで勘違いしないでください。  そういう重いの嫌いっすよね?  ていうかさ、富樫先輩。これまで本当にありがとうございました!!  佐々木が富樫を追い抜いた。 「いっけ―! 佐々木く~ん! L・O・V・E! I LOVE ささき~!」  佐々木の左手がフラッグを掴もうとする最後の最後に、女子の声真似をする田中(略)の黄色い風な声援が聞こえてくる。  なんか違うんだよなぁ、と思いながら佐々木は松明を掴んだ。  
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加