1.司

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1.司

全くそんなものには、興味なかった。 視界にも入っていなかった、そんなものがあることなど。 ただ、通り過ぎる一瞬、強烈すぎるほどの存在感を放つそれに思わず足を止め、そして魅入られた。 「……」 司は、目の前の壁に貼られた一枚の作品を微動だにせず見つめていた。 放課後の始まり、これから始まる部活や、帰宅に急ぐ者達。 授業から解放された浮足立つ雰囲気の中で、足を止めた司に注意を払うものはいない。 飾られていたのは職員室の前だった。 この学校には書道部というものがない、いや以前はあったらしいが部員がおらず、自然消滅をしていたと記憶している。 だが、その作品はただの生徒が選択授業で単位のために書いたにしては、あまりにも出来上がりすぎている。 そして、それは敷いてある紫色の縁と横に貼られた造花、賞の名前がついていることからも、推測できた。 「勇猛精進(ゆうもんしょうじん)」 手を伸ばし、触れそうな距離で伸ばした人指し指と中指を止めた。 言葉自体はよく聞く、ありふれたつまらないものだが、こうも墨というものが瑞々しく残るものなのか。 紫紺が白い半紙に鮮やかに映える。 そして、楷書で書かれた文字は荒々しい言葉とは裏腹に受ける印象は、静かな闘志。 凛とした佇まいを見せる文字に、こうも書き方次第で与える印象が違うのかと 思い知った。 「瑞葵…か」 隅に添えられた名は、鮮やかに目に焼き付けた。
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