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◇
翌日、わたしはレッスンに出席すべく、スミス氏に指定されたビルに赴いた。しかし、そこは俳優のレッスン施設などではなく、派遣会社の事務所だった。
おかしいな、と思いつつ、また、この事務所の奥が稽古場になっているのだろうか、と期待もしつつ、受付の中年女性に声をかける。
「すみません。ヴィンセント・スミスさんをお願いしたいのですが」
「え、なに? ヴィンセント?」
彼女の眉は不信感により歪んでいた。
「ヴィンセント・スミスさんです。今日、約束しているんです」
事務所の受付の女性に詰め寄ってみる。しかし、「ここにはおりません」と即答された。
「そんな。ここにいるって言われたんです」
「なんの話ですか? そんな人、知りません」
「でもわたし、彼に二百万円も払ったんですよ!」
わたしは受付の女性につかみかからんばかりに、受付カウンターに身を乗りだした。
「帰ってください、警察に通報しますよ」
女性がキッとわたしを睨みつけ、受話器を手にした。警察のお世話になるのはいやだったので、わたしはその場から退散した。
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