嘘の正しい使い方

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  ◇  友人から、「ちょっと詐欺師になってみない?」と誘われたのは、二ヵ月前のことだった。 「喫茶店で二時間くらい金持ちの客と話してデタラメな保険を売りつけるだけで一回二百万円稼げるんだよ」友人はそう説明した。「元請けに手数料が十五パーセントとられるけど、わたしたちの儲けは百七十万も残る。おいしくない?」  そのときちょうど製造工場に勤務していたわたしは、安月給とサービス残業、それに「あなたにお給料を払う価値ってなんなのかしら」が口癖の工場長の存在に毎日心を削られていた。  そんなわたしにとって、友人の提案は暗黒な日常からの脱出口であるように思えた。 「え、すごいねそれ。二時間で二百万?」  聞き直したわたしの目は、晴れた日の朝露のように輝いていたことだろう。 「詐欺師になれば、好きな服とかバッグとか全部買える」  そう話す友人の傍らにはたしかに、高級ブランドのハンドバッグが置かれていた。それはとってもかわいくて、わたしが前々からほしいと思っており、しかし高級すぎて手が届かないと購入をすっかり諦めていたものだった。 「へえ、そうなんだ」  彼女のバッグを見ながら考えた。数回ならやってもいいんじゃないか? まだわたしは二十四歳で、四半世紀も生きていない。若気の至り。子供の火遊び。そんな感じで、少し悪事に手を染める時期くらいあってもいいような気がする。長い人生、一度や二度、人を騙したところでバチはあたらないだろう。二百万円はわたしにとっては大金だけれど、〈金持ちの客〉にとってははした金に過ぎないはずだ。だったらその二百万円は、わたしのものになった方がむしろ嬉しいんじゃないかな? 「じゃあちょっとだけ、やってみようかな」  そんな軽い気持ちで詐欺師になって、早二ヵ月が経った。
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