嘘の正しい使い方

11/11
前へ
/11ページ
次へ
   わたしは昨日のやりとりを思い出し、嫌な予感に青褪めながら、スミス氏に教えられた電話番号に電話をかけた。しかし、「現在使われておりません」というデジタル音声が流れただけだった。  この瞬間、「騙された」とはっきりと自覚した。その自覚に、「なぜ?」という問いが追従してくる。彼は人を騙すのがいやになり、アルバイト神父をやめて劇団を始めたんじゃなかったのか? それなのになぜわたしのことを騙したりした?  デジタル音声を聞きながら、ふと、彼の言葉を思い出す。 「イイヒトたちを騙すのがいやになったからだよ」  ああ、とわたしは空を見上げた。  昨日のわたしは詐欺師だった。つまり、「イイヒト」ではなかった。スミス氏は、「イイヒト」を騙す神父のアルバイトを辞めて、俳優ではなく、「悪いヒト」を騙す詐欺師専門の詐欺師に転身したのだ。わたしたちみたいな怪しい人間から電話やメールが入ってくるのを、罠を仕掛けた猟師のように、息を潜めて待っているのだ。クレジットカード会社にはわざと自分の情報を流しているのかもしれない。自らが囮となり、悪い詐欺師から金を騙しとる。おそらくそれが彼にとって本当の、「嘘の正しい使い方」なのだ。 「やられた……」  呟いて、空を仰いだ。身体中に冷たいビル風が吹きつける。その冷たさとあまりの情けなさに、わたしはしばらくその場に立ち尽くし、身を震わせていた。 〈了〉
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加