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17.アイツは婚約者?
――蓮は引き留めなかった。背を向けて温室を出ようとした悠花に彼は通る声で追いかけた。
「ねえ。あの車の男。姫の婚約者?」
「なんで!?」
勢いよく振り返り反応する。それですべてが伝わってしまった。
「この学校けっこう金持ち多いから。たまあに、婚約者いるって生徒いるじゃん」
自分はスポーツ推薦だから貧乏だけど、って蓮は付け加えた。
「それにアイツが――迎えに出た時、姫なんつーか。身をよじって避けてたから」
絶句した。そんなとこまで見ていたのか、いいやわかっていたのか。
「バスケやってると、ていうか。スポーツやってると相手のこと見過ぎるようになるんだよね。サインとか、怪我とか、おかしいとこ。俺そういうの得意で」
「……」
立ち尽くすしかない。
「ま。もう少し、姫は気楽になっていいんじゃないの?」
「……なにそれ」
「字。見た時叫んでるみたいッて思った。抜け出したいって」
今度こそ悠花は絶句した。アレは感情がのってしまったもの。時々あるその癖は、師に注意されていた。でも、ただの一般人に指摘されるなんて思わなかった。
「嫌なことは逃げてもいいし、この先長いから、その道しかないって考えなくてもいいんじゃない?」
「……私、帰る」
悠花は呟いて、ふらりと蓮から離れた。今の指摘をもう一度考えなきゃいけない。これまで描いたものを見直さなきゃ。欠点を痛い程指摘された。すべてを否定されたような感じだった。
その腕を蓮が掴んだ。
「でもスゴイって思った」
「……え」
「ああ云うの俺はわかんないから。でもカッコいいって思った。龍が吼えてる感じ」
蓮は背が高い。悠花は身長がたった百五十センチだ。バスケ部のみんなは背が高いから、まるで子どもで、腕を掴まれると少しつま先が浮いてしまう。悠花は彼を爪先立って見上げて、彼は屈んでいる。その距離感が変。
「姫の武器は、言葉じゃないの?」
「武器……」
「闘ってるじゃん。字で、言葉で」
書に感情を乗せてはいけない。そう思ってたのに。でも感情が乗ってないものは何も訴えてこない。
「――そういえば、俺のこと”蓮”って呼んでいいよ」
唐突な話題転換に頭がついていかない。何それ。いいよって。
呼ぶ気はないし。書のことを否定されたかと思ったのに。これで彼との会話は終わりだと思ったのに。
「呼ばないよ、大滝君」
かすれた声で言い返せば、すかさず返ってくる言葉。
「だって司は名前呼びじゃん?」
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