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14.凡事徹底
――示された園芸部の温室の中は、二人きりになってしまうけど風が防げる、という利点もあった。
二人で日の当たるベンチに座る、なんとなく一人分をあけて座ると蓮はその警戒を見透かしたように笑う。
「――ところで。あの文字、姫が書いたの?」
問われたのは体育館に飾ってある揮毫のことで、虚をつかれや悠花は目を瞬いた。そこ?と思った。
「――うん」
「あーいうとこに飾られるってすごいじゃん」
「……ていうよりも、バスケ部のスタメンになるほうがすごいと思うけど」
強豪バスケ部のレギュラーになれる方がすごい。そう言えば呆れられる。
「いや、個展して作品売れてて有名じゃん。なんつーか、所詮俺らは学生の範疇。稼いでるでしょ。いや……えーとお金は困ってないかもしんないけど」
「生活費は全部親に出してもらっているもの、私自身の力じゃない。稼いでも私のものじゃないし、いくらかもしらない。私は、所詮学生だよ」
所詮学生、に重ねる。嫌がっていても、自分では何もできない。反発していても何もできていない。作品を描くのも、生活するのも親があってのこと。
描くことは親に唯一認められている手習いだ。自分の爪や指の皺に染み込んだ墨を見下ろす。卒業したらやめさせられる。
「あれ、えーと、『凡事徹底?』いつもみてるけど、当たり前のことを徹底してやれってことでしょ? 追随を許すなって、学長が好きそーな言葉だよね、先生からの指示?」
「――ううん、私が選んだ」
そんなことを聞かれたのは初めてだ。一体どうして?
その言葉だけで納得いかなかったのか蓮はだまる。それと共に誤解を解きたくて悠花は続けてしまう。
「“当たり前のことを”じゃないよ」
先生にとっての当たり前は、生徒にとって当たり前じゃない。大人から見た子どもへの当たり前は、既にその道を通りすぎたくせに忘れた過剰な期待だ。
「そんなことをできなくなった大人に言われたくない。“努力をすることを当たり前にしろ、徹底的に”っていう鼓舞」
努力したって大半は届かない。でも努力をしなきゃ何もすすまない。
「なんか、厳しいね。――姫は」
黙り込む。それは一歩引かれたみたいな言葉。
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