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15.チャラい
「お願いがあるの。――姫って呼ぶのはやめて」
「なんで?」
一部の人が揶揄して呼んでいるから。
「そんなのじゃないから」
「そんなのって?」
「……馬鹿にしてる、でしょ」
「してないけど。じゃ、なんてよべばいい?」
言葉に詰まる。葵さん、とか? 勝手にそちらで決めてほしい、そう言えば任せている図々しい人みたい。
「俺のこと、チャラいっていう奴もいるけど。俺は気にしてないけどなー」
それに悠花は言葉を呑んだ。それは明らかに悪口だけど、どう答えればいいんだろ。
「こうしようか。姫って呼ぶ奴は、姫のこと知らない奴だから。だから俺は姫を知った上でどう呼べばいいか考える」
「それって――」
既に姫、姫って呼んでいるのに? それに友達になるってこと? 言葉に詰まっていると蓮はさらりと話を進めていく。
「それじゃもう一つ教えて。あの額に入っていた、サインってなに?」
「え?」
「下の方に小さくあったじゃん? 読み方がわからなくて」
雅号だ。確かにサインといえばそう。
「――“瑞葵”。――先生に……頂いた名前」
「先生?」
ああ、と彼は頷いた。それは師事した先生に認められたということ。本来は誇らしいことなのに、まだまだ届いていない。もどかしく、未熟さを思い知らされる。特に最近は、私情も入って更に複雑な感情が混ざっている。
「おししょーさまってこと?」
「そう。先生は弟子に“瑞”の字を入れるの」
「へえーー。いいね、そういうのスポーツにはないからな」
「憧れの番号貰うとかあるでしょ」
少しバスケを見ていたから知ってる。番号に意味はある場合もあるけれど、必ずしもそうじゃない。
「俺、憧れの選手とかいなかったんだよね。」
それも珍しい。思わずきいてしまう。
「なんで。――なんで、バスケを選んだの?」
彼に興味を持ってなかった。お互いを知り合うつもりはなかったのに、聞いてしまった。彼は破顔した。条件を出したことを忘れて、ただ純粋に尋ねられて嬉しいように。
「俺、何でもできたから。でもこの学校じゃかなわない奴がいっぱいて。司とかさ、抜いてみたいじゃん」
あっさりと言われて驚いた。悠々とした声で楽しそうで。
でも拳は白くなるほどぎゅっと握りしめ、力が入っている。敵わない相手に持つ羨望、そして悔しさ。
「バスケはチームプレーじゃないの?」
「いんや、トップ争いっしょ」
「MVPとか?」
「うーん。そういうのとは違うかな。他人にトップを決められるとかじゃなくて、抜きたい相手がいる、そんだけ」
悠花は蓮の目をみた。フランス人の祖母を持つという蓮は、虹彩が明るい茶色で、色彩が淡い。少し日本人離れしている。
「誰も追いつけない、目指すのは最も高い場所」
――この人、言われてるような評価とは違う。――チャラくない。
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