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16.やってる理由
「姫は、なんで書道やってんの?」
姫呼ばわりはやめて、そう言いかけてもうあきらめて答える。
やっていた人が身近にいたから。その人をいつも追いかけて、教えてくれたから。父親がそれくらいならばと許してくれたから。でも、それだけじゃない。
「線が」
「ん?」
「一度筆をおいて。線を引き始めたら、終われないから。最後まで書かないとその文字はバラバラになってしまうから」
最後の一線、それを描いてようやくそれは終わる。その一線で束ねられる。崩れて分解しそうで怖い。悠花に引かれるのを待っている。だから急かされる。急かされるけれど、焦らない。
心を静にして、どこに筆を置くべきか考えて、描く。悠花がこたえると蓮は楽しそうに笑った。
「俺。やっぱ姫が好きだなー」
「なんで!」
悠花はベンチから立ちあがり、憤慨して蓮を見下ろした。楽し気で真面目な要素は全くない。軽々しくそんなことを言えてしまう。やっぱりチャラいのかもしれない。
なぜ悠花を気に入ったのかわからないけれど、まともに取り合ったら馬鹿を見る。
「もう行くから!」
もうすぐ野宮が迎えに来る。二人きりの空間は嫌だけれど、悠花が逆らって何ができるだろう。父親に彼が嫌だと言っても、何も変わらない。
彼は父親の秘書で後継者だ。悠花は父親には何の意味もない存在。ただの未成年ですべて親に賄ってもらっている存在。
(そうか、私は野宮さんにそれを毎回見せつけられているんだ)
言葉で、態度で。
何一つ自分のことができない。そう彼を通して父親の言葉を伝えられているみたい。
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