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ウエキが退所した穴は大きかった。私は音声翻訳機器を片手に研修生たちと向き合い続ける。日本を移住先として指定され、日本の社会に受け入れられず、ここに来ざる得なくなった南洋生まれの人々と。日本の酷暑に心底疲れ、しかし長袖ロングパンツを着ざる得ず、そしていつか何らかの形で修了していく彼らと。向き合う。
「千葉さん」
黒いワゴンを見送る上司へ声をかける。白衣が強い潮風に煽られている。
「この辺りを珊瑚と海藻の森にできますか」
上司は振り向き一瞬呆けた。けれどふっと頬が緩んだ。
「出来ると思うよ」
「なら、私」
私は想像する。いつか海面は工場よりも高くなる。
穴の開いた工場の天井。朽ちて消えてもはや流れを遮ることのない出入り口に高層の窓。その中で海藻が緩くそよぎ、うおちゃんが楽しげに泳ぎ回る。
「正社員の話、受けます」
母さんは激怒するだろう。家も早々に売られてしまうに違いない。うおちゃんの部屋を片付けよう。そして、しばらく落ち着いて住める場所に部屋を探そう。
妙にかさつく腕をついついさすってしまいながら、私は思う。
この工場群を森にする。新しい故郷にする。うおちゃんの、人魚になったウエキたちのような人の。
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