12.審議の時

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12.審議の時

「何故我々が、客人に呼び出されなければならないのですか宰相閣下」  近衛隊長オクロックの問いに、ナーシサスは離れに向かいながら自身も良く分からない体で困惑の表情を浮かべた。 「私も詳しくは聞いていないのだが、陛下の件で重要な証言をしたいからと仰せなのだ。貴公も仮にも同盟国の王女であり陛下の姪であらせられる方を先刻無下に扱ったのだし、詫びとして足を運ぶ程度の誠意はお見せしても罰は当たるまい」 「まだ第三者による毒殺の疑いも完全に晴れたわけではないのです。今は城内の警戒の方が大切だと思うのですが」 「であれば猶の事、椿姫様にもしものことがあれば国際問題だ。離れの警備に問題がないか、貴公が直々に確かめておくべきだろうな」 「……分かりました。その代わりこの茶番が終わったら、客人には早めに帰国頂くよう進言してください」 「約束しよう」  ささやかな取引が行われたところで、少数の護衛を配備しながら離れの室内に足を踏み入れると、入口のところで雛芥子が二人を出迎えた。 「お越しいただきありがとうございます。オクロック様、姫様の御前ですのでお腰の物をこちらに」 「……む」  相手の逗留する陣地に出向くからには拝謁の立場になるのかと、やや不満げにオクロックは剣を鞘ごと引き抜いて雛芥子に手渡した。  広間の方に進むと、空いた椅子が二脚と既に中央に腰を下ろしたエルダーの姿が目に入った。 「先においででしたか、殿下。今お一人で出歩かれるのはあまり感心しませんが」 「いや、一人ではなかったから……」 「エルダー様は俺がお連れしましたので」  ぼそぼととした呟きに、奥から椿姫と共に現れた陽炎が言葉を被せた。それに反応するようにオクロックとナーシサスが声の方向を向くと、そこには蒼月の着物とドレスを融合したような衣装を身に着け髪を編んで結い上げた、新鮮で見事な装いの椿姫が凛然と立っていた。 「これはお美しい……」  思わず零れた本音に、椿姫は軽やかに笑って見せた。 「ありがとうございます、出がけに姉から贈られたものでして。今回は正装のつもりで身に着けさせていただきました」 「ほう、正装とは帯刀も含まれるのですか? 蒼月の作法は珍しい」  オクロックに腰に提げた愛刀について皮肉めいた指摘をされても、椿姫は笑顔を返した。 「まさか、私が少々変わっているだけのことですよ。ただの護身用ですのでお目こぼしください。それともローズハイムの近衛隊長殿は、こんな細腕で振り回す刀が怖いですか?」 「何を馬鹿な……どうぞ、ご随意に」 「良かった。それでは始めましょうか」  椿が三人の視線が交差する一番奥の椅子に座ると、エルダーが戸惑うように口を開いた。 「始めるって、結局これから何をするんだ?」 「ああ、説明不足で申し訳ない。宰相殿には簡単にお伝えしたのだけれど、先の事件について私の知っていることを話しておきたくて」 「……母上の?」  すると椿姫は笑みを消して、至って真剣な口調で切り出した。 「そう、叔母様――ベアトリクス女王陛下殺人の真相について」 「なっ、殺人?」 「! 何と」 「馬鹿な!!」  三者が一斉に色めきだつのを、椿姫は冷静に手振りで抑えた。 「信じがたい気持ちは分かります、私も最初にあの状況を見た時には思いもよらなかったことですから。てっきり叔母様ご自身による事故死だと。ただいくつかの事実を知るうちに、その結論に辿り着きました。それなりの根拠あっての提言です、話だけでも聞いていただけませんか?」  するとナーシサスが汗を拭きながら、代表して椿姫に訊ねた。 「それでは、根拠とはどういったことです?」 「まずあの毒入りワインですが、叔母様が持ち込んだものではありません」 「何故、そう言い切れるのです」 「初めから、違和感はありました。エルダーのために選んだものなら、何故ご自身の即位記念のワインだったのだろうと」  椿姫がそう言うと、陽炎がテーブルにワインの瓶を一本置いた。 「これはワインセラーにあった、毒殺に使われたのと同じ種類のワインです。残りはこれと、あと一本だけのようですね」  それを聞いて、ナーシサスが途端に青ざめた。 「だっ、誰がそれの持ち出しを許可したのでしょう? 私は聞いておりませんが」 「あー……ちょっとお借りしまして。係の彼へのお咎めはなさらないようお願いします」  セラーで説明を聞いた際、チェスナットの目を盗んで陽炎がこっそり拝借したことはさすがに伏せて話を進めると、近衛隊長のオクロックが冷静に応じて見せた。 「しかしそれだけ貴重なものだからこそ、陛下自らお選びになったのでは? 勧められた者は、絶対に断らないでしょうから」 「だとしても、誰かに勧めるのであれば自身にとっての記念であることより、相手にとっての特別なものの方が自然ではないでしょうか――陽炎」  合図をすると、陽炎は隣にもう一本別のワインを並べた。 「こちらもワインセラーからいただいてきました。二十三年物のワイン……エルダーの生まれ年のものですね。私がエルダーに飲ませたいと思ったらこちらにします。記念のワインは鍵のかかるキャビネットで保管されていましたが、こちらは通路に並べられていただけ。扱いもまるで違って持ち出し自体が容易いにも拘らず、より相手に寄り添った印象になり喜ばれるというおまけ付きです。彼の母であり女王でもある叔母様が、その程度の思考に至らないということは考えにくい」 「つまりそれが、陛下が持ち込んだものではないと考える根拠ですか?」 「はい、それともう一つ。叔母様は妊娠しておられたそうですね。男性はあまり気にされないかもしれませんが、妊婦というものはお腹の子のため口にするものに大変神経質になるものです。中でもアルコールは、胎児に悪影響を及ぼす可能性が高いので出産まで禁酒するのが一般的です」 「確かに、陛下も抑制しておられました……椿姫様にもお伝えしましたね」 「伺いました、ですから妙なのです。ご自身が飲めない筈のものを、その場で飲んで見せてまでわざわざ選ぶ必要はなかったのではないかと。毒を仕込むなら、他にもお茶なりジュースなり何でも良かったはず。なのにあのワインはまるで、『希少で記念のものを開けてしまったのだから、どうあっても飲むほかはない』という選択を叔母様に迫るかのように映りました。それは用意した側ではなく、用意された側の思考です――つまり」  いったん言葉を切って、椿姫は真っ直ぐにエルダーを見据えた。 「あのワインは叔母様にどうしても飲ませるために、君が用意したものだとしか私には思えない。」 断罪の声は、やけに穏やかにその場にいる者に響いた。
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