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13.真相と継承者の台頭
シンと静まり返った室の中で、最初に沈黙を破ったのはエルダーだった。
「ちょっ……と、待ってくれ」
他の二人が息を吞んで自分を見つめる中、エルダーは引きつった笑みを張り付けながら上ずった声を上げた。
「俺がどうして母上を。母上がいなくなって今一番困っているのは、俺自身なんだが」
「それはまあ、本心だろうね。君に叔母様を殺す動機があったとは、私も思っていない」
「は?」
疑問だらけの空気の中、椿姫は平然と続けた。
「目的は叔母様自身ではなく、お腹の子だった――そういうことだね?」
「!!」
「狙われたのは胎児……ですと?」
「意地でも祝福を受け継いだ女児を生むと、それはそれは相当な覚悟だったとか。ですがその甲斐はあったようで、遺体の処置をした医師の話では亡くなった胎児は女児だったそうですね」
国葬まで時間がかかることから、遺体の傷みをできるだけ防ぐため死後間もなく臓器を取り出す処置を施した結果判明したことである。
「性別についてエルダーには知る由もなかったでしょうが、未知の脅威であることに違いはなかった。それを取り除こうとしたのが、動機だったのでは?」
「胎児を……」
「叔母様は祝福の継承者です。ご自身に毒は効かないけれど、未熟で母親から栄養を与えられている胎児にとってはそんなものが母体に摂取されればひとたまりもありません。ですがすぐには露見せず、しばらく後に子が流れて死産として扱われる……そういう狙いだったのだと思いますよ」
「ですが、結果的に陛下が亡くなっています。それにより、エルダー殿下が祝福を継承していることが分かったのです」
「そうですね、計算違いだったことは間違いありません。ですが祝福の継承者は、エルダーではないと思います」
「何と?」
「恐らく受け継いでいたのは、母体と共に亡くなった胎児の方でしょう。奇しくも叔母様が望んだとおりの後継者が生まれようとしていたのに……残念なことです」
「お待ちください! ですが殿下は同じように毒のワインを口にしながら、こうして無事でいらっしゃる。そのことはどう説明をされるのです?」
「彼は毒を口にしてはいませんよ。恐らくこういうことだと思います――まずボトルからワインをグラスに注ぐ。その後、何らかの口実でグラスから注意を逸らして叔母様のグラスに毒を混入する。それを互いに飲んで、叔母様が毒で倒れる。エルダーは心底驚いたと思います、何せ祝福の継承者が毒で亡くなったのですから。ですが彼もすぐに、その理由に思い至ったでしょう。継承が胎児の時分になされていることに驚愕しながらも、この状況を利用すれば女王殺しの罪を免れ、同時に自身の継承も偽装できることに気が付いた。残っていた毒をボトルに入れ、自身のグラスに注ぎ直し、最後に睡眠薬を飲んでその場に昏倒した――これが実際に起きたことの顛末だと思います。因みに睡眠薬は彼の常備薬だそうです、最近とみに神経質で良く眠れなることが多いため携帯していると」
椿姫が口を閉じると、しばらく誰も何も言おうとしなかったが、俯いていたエルダーが絞り出すように声を上げた。
「……証拠は? 俺が継承者じゃないなんてどうして言える?」
「これまで女子にのみ受け継がれていた資質が、突然男子に現れたというのがまず不自然だ。それに加えて二十三年前に祝福を失っていながら、叔母様が気づいていないなんてことがまずあり得ないとは思うのだけれど……確たる証拠と言われると今はないね。胎児の死因が毒ではないことを証明することはたぶん不可能だろうし」
「だったら、今のが全部おまえの妄想でもおかしくないよな?」
「強気だね。だけど私は、永遠に証明できないとは言っていないよ。今はない、と言っただけ」
「……どういう意味だ?」
「君が協力してくれるなら、この場で明確な証拠を提示することはできる」
「俺が?」
「そう、『選定の儀』を今から君がやってくれるのなら」
何でもないことのようににこりと微笑った椿姫から、エルダーは思わず後ずさった。
「!! じょ、冗談じゃない……何でわざわざ毒を飲んだりなんて真似」
「なぜ? 間違いなく祝福の継承していると言うなら、何も問題はないでしょう? 私の考えが妄想だと言うのなら、君の血でもってそれを証明して見せて欲しい」
「そ、そんな必要は……」
助けを求めるように家臣の二人を窺うと、ナーシサスは目を逸らして汗を拭いていたが、オクロックは重々しく首を振った。
「殿下、同盟国の姫にここまで言われて引き下がったのでは面目が立ちません。この上は『選定の儀』を行う他ないでしょう」
「なっ……、何で今さら」
「本来必要な儀であることは確かです。特例でいったん不要となりましたが、このようにあやがついた以上執り行わない方が却って殿下にとって不都合となりましょう。ナーシサス殿、よろしいな?」
「仕方がない……用意させるとしよう」
「ほ、本気か……?」
「ここでは何ですので、城の本殿へ戻りましょう。椿姫様もご一緒に」
ナーシサスは椿姫を先導し、エルダーはオクロックに守ると言うよりは連行されるかのように背後を固められて離れの室からそろって移動した。
***
儀式専用の室にさきほどのメンバーが入り、急遽司祭と手伝いをする侍従二人が追加で呼ばれた。六年前にマルガリートの儀式が行われたばかりだったためか、準備は意外なほど手早く済んだ。
儀式に使われる試毒の元は数百年という年月でも劣化しない秘薬とされるものが女神の紋章の入ったクリスタルの瓶に保管されていて、毒の寮と希釈の水の水位が刻まれた専用のグラスに注がれる。後から水を注いで見た目だけは美しい淡い薔薇色の液体を、司祭が女神ミースの像に加護と裁定を祈り中央の台に移動させる。確かにこれは、国にとっての神聖な儀式に他ならない。
けれど目の前に毒を置かれたエルダーの顔色は真っ青で、到底前向きに儀式に臨むそれではなくどちらかと言うと死刑執行を待つ罪人のようだった。
「それでは、殿下」
司祭に声を掛けられても、エルダーはグラスを手に取ろうとはしなかった。荒い呼吸を吐いてグラスを見つめた後、背後を振り返った。
「なあ、やっぱり止めないか?」
この期に及んでそんなことを言うエルダーに呆れた様子で、オクロックが厳しい返答をした。
「それは椿姫様の説を全面的に認める――ということになりますが。自供と捉えてよろしいですか?」
「そっ、そんなこと誰も言ってないだろう! でもなんか……不味そうだし」
「有毒な薔薇の一種から作られておりますので、味はともかく香りは悪くないと思いますが」
ナーシサスの見当外れなフォローに、オクロックはため息を吐いた。
「どちらもそういう問題ではないでしょう。継承が事実か虚偽か、この国の未来と殿下の進退に関わる重要な問題です。いい加減に覚悟をお決めください」
「そうですよ、殿下。どちらにしても命に係わるようなことはございませんので」
解毒剤を示すナーシサスに、エルダーは首を振った。
たとえ命が助かっても、継承を示せなければ後継者としても王族としても死んだも同然になる。
「や、やっぱり今日のところはさ……」
どうにかこの場を逃れようと足掻くエルダーに、とうとう椿姫が業を煮やして動いた。ヒュッという空を切る音とともに、エルダーの顔の真横に刃が付きつけられる。それはオクロックが止める間もないほど鮮やかな抜刀だった。
「ひっ……」
当たらなくとも近距離で伝わる刃の冷やりとした温度に、思わず息を呑んだ。
「潔くないな。君は今、ただ継承の可否を問われているだけじゃない。この場を逃れたところで意味はないよ。いい加減、覚悟を決めたらどうなんだ」
「勝手なこと言うな! この国の当事者でも何でもないおまえに、何が分かる!! あれを飲んだら俺は……俺は何もかも、全部失うんだ」
「それは、今度こそ自白だろうか?」
「好きに受け取ればいい……」
投げやりになったエルダーの目の前で、椿姫は愛刀の雪名月を鞘に収めると反対の手で台の上のグラスを掴んだ。それからその場の全員が見ている前で中身を一息に飲むと、軽く息を吐いて首を捻った。
「うん……味という味はない」
「お、おい、それ!」
「これで私も当事者かな――司祭様」
「はい」
「いかがでしょう、私はこれで女神の祝福を享受していると認めていただけるのでしょうか?」
突然のことに面食らいながらも、司祭は目の前の少女を選定の観察した。淀みない口調と生気を満たした瞳に薔薇色の頬。健常そのものの椿姫の様相に、司祭は感服したように礼をした。
「おめでとうございます、女神ミースの加護と祝福は紛れもなく御身に」
継承を告げる正式な口上に、ナーシサスは目を白黒させながら椿姫に歩み寄った。
「椿姫様、こ、これは一体……」
「複雑な話ではありません。あなたの言葉を借りるなら、これこそ『女神の気まぐれな福音』ということですよ」
「はあ……」
事の顛末に、ナーシサスは呆けたように立ち尽くした。一方、試毒を口にせずとも結局持たざる者であったことを明白にされてしまったエルダーは、その場にずるずるとへたり込んだ。
「何てことだ……母上が椿姫の継承を知っていたなら、誰もこんな無駄なことをしなくて済んだのに」
「叔母様が知っていたなら、私を後継者にしたはずだと?」
「きっとな。知らなかったから、無理を押して――」
「お話中、失礼いたします。エルダー・ロウ殿下、あなたを女王陛下殺害の容疑で拘束させていただきます」
「ああ、分かったよ」
オクロックの声に、エルダーはすっかり観念した様子で従った。のろのろと立ち上がると、衛兵に両側から腕を掴まれてそのまま部屋を連れ出されて行く。
王位を狙った者にしては、椿姫の継承に怒りも悔しさも見せないエルダーの態度にどこか腑に落ちないものを感じながら、椿姫は陽炎と雛芥子を伴って離れに戻った。
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