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「なぜそんなことを聞けたかわかるかい?」 「……君が僕のことを信じていたからだ。」 「そのとおり。君はどんな理由であっても、周りにどれほど間違っていないと言われても、あれが正しいだなんて決して思わない。やっぱり自分が殺された方が遥かにマシだったと、そういうふうに考えるタイプの男だ。それを僕はよくわかってた。だから聞けたんだ。」 灰皿に灰を落とす。 「………話を戻そう。あの……ガーフィールドと言ったかな。ガーフィールドさんを殺めたということを彼は認め、そして償った。君の管理下で罪を洗い、そして模範囚として刑期の短縮もされ、晴れて出所まで果たした。その彼に本当に反省しているかと聞けないのは、君の過去にリンクするせいかと思ったが、どうやら違うような気がしてきた。だってそうだろう。僕が親友に聞けたことを、僕よりも強い君が、恋人に聞けないわけがない。だいたい君は、その1件のあやまちへの真意を聞けなくてウジウジと悩むようなタマじゃない。」 「……。」 「彼はガーフィールドさんの殺害に関しても反省していると思う。しかし君がなぜそれを聞けないかと言えば、尋ねる対象がそのガーフィールドさんの1件だけでは無いからなんじゃないか?もっと何か、複雑なことが潜んでいるように感じるんだ。君の過去に対して同じ疑いを持っていたなら、僕はあのとき、君に反省しているかなんて聞けなかった。……どうだろう。」 ローレンスがうつむく。そして黙りこんだ。とっくに分かっているが、それは的中している。折り合いというのは、ガーフィールド殺害の件だけでは無い。 「無理に明かさなくていい。……けれどそうなると、問題は確かに複雑だね。」 ローレンスの背中に手をやる。こんな弱々しい姿は、やはりあの養父の殺害を明かしたとき以来のことだ。しかしローレンスは、しばらく黙りこんだあと、静かに告げた。 「………彼は殺し屋だったんだ。」 耳を疑う。殺し屋、とは映画でしか見たことのない存在だ。アダムが殺し屋?とても信じがたい。しかし実際に、彼をこれほどに悩ませている。 「そんな……殺し屋って……」 殺人を専門にし、生業として生きる者。すなわち、10年とちょっとの刑期では当然済まされないほどの罪を犯しているはずだ。 「彼が生きて出所を果たせたのは、起訴されたのがそのガーフィールドの件だけだからだ。僕も彼が何人殺ったのかは知らない。彼は覚えているかもしれないが、ともかく、何人も消したはずだ。………ジャレット、僕は今夜を境に、君と会うことがなくなってもいいと思ってる。殺人を稼業にしていたことを知りながら、僕の意思で彼を選んだんだ。そんな人間、たとえ家族だって受け入れがたいだろう。」 この告白を、ジャレットは信じたくなかった。なぜローレンスがそのような男に惚れたのか、どんないきさつがあろうとも、きっと自分の理解の範疇を越えている。2人のあいだについに重い沈黙が訪れ、店内の声もそのときには止んだような気さえした。 しかしジャレットは放心していたわけではない。やはりずっと、考えている。そしてひとつだけ、絶対に曲げられない気持ちがある。アダムがどのような男であろうと、それを選んだローレンス自身のことを疑うということにはつながらない。 「……君が彼の心情を知りたいと思うのは、当然だ。」 ジャレットが、グラスに残っていたウイスキーを飲み干した。ローレンスが不安げな面持ちのまま、その横顔を見やる。 「そして僕はたぶん、君以上に彼の真意を聞き出したい。大事な君を彼に託してもいいのか、それをきっちり見定めたい。……けどやっぱり、君から直接は聞けないだろうな。殺し屋という過去はあまりにも重すぎる。」 「……ああ」 「……僕から聞こうか?」 思わぬ言葉であった。 「君から?」 「彼の秘密を知ったと明かすことにはなるが……でもまだ1度しか会ってないけど、僕は彼に対して恐れは抱いていない。これまで仕事でさまざまな生徒と接してきたけれど、どんな優等生でもときがある。悪意を秘めた子にはピンとくるものがある。その上で思ったことだが、アダムはきっとなんかじゃない。普通のいいヤツだよ。」 その言葉で、ローレンスは乏しい表情の中にようやく安堵の色を浮かべた。 「話してよかった。君に嫌われる覚悟はしていたつもりでも、やはり君の優しさを求めてたんだ。最近はどうにも……甘えたヤツは嫌いだけど、甘えられるものがないと、心が変になっていく気がする。」 「最近あまり会えなかったからな。会っても君は、いちいちそのときの苦労を口にしたりしない。だから心配だった。君には難しいことかもしれないが、僕に隠し事をしなくていい。もしも僕が君を嫌ったんなら、所詮はその程度の人間だと、君から切り捨てろ。でも決してそんなことは無いと分からせてやる。どっちかが死ぬまで、僕のことを信じさせてやるから。」 ローレンスがフォックス兄弟を慕うのは、彼らが決して自分に取り繕いの言葉を吐かないからだ。性格は似ていないけれど、同じ誠実さを有している。ジャレットはいつもローレンスの強さに憧れていると言ったが、ローレンスは、ジャレットの素直さと器用さに憧れていた。 不器用な自分に、人の柔らかい部分を教えてくれたのは、誰でもないこの男だ。彼の前でならいつも裸の心をさらけ出せる。泣き顔も笑顔も、彼には全てを見せてきた。つまらないことで苛立っているときにも、どういうわけか彼ならば、すぐに自分の機嫌を元に戻してくれる。そこでさらにイラ立たせてくるヒースとは大違いだが、どちらもローレンスには必要であった。優しい言葉がほしいときに甘えさせてくれるのは、彼らだった。 「……ありがとう。僕の抱えるいちばん大きな秘密は、ただそれだけだ。それをこうして話したんだ。一緒に、墓まで持ってってもらう。」 「わかってるよ。」 「だけど、君にアダムへのを託すのはまだよしておく。もう少し時間がほしい。」 「僕もすぐには聞けないさ。だって、彼とはまだ出会ったばっかりだ。」 「アダムは、ヒースのことは苦手だと思うが、君のことはとても気に入ってる。だからいつしか本当に君が切り札になるかもしれない。」 「……うん。」 2人はようやく、微笑みあった。そしてその夜の約束を果たす日が、とうとうやって来たのだ。
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