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ー「……というわけさ。ひとつ付け足すとすれば、事を公にするつもりなど毛ほどもない。私の仕事は信頼第一だからな、彼らのことを公にすれば私自身の立場も危ぶまれる。これはあくまでも、私の単純な好奇心だ。できれば本人たちに話を聞きたいと思っていた。こういう心理も、大事なデータのひとつとして入れておきたい。」
「そんなら、しょっちゅう顔を合わせるんだから、直接アランに聞けばいいだろう。」
ヒース・フォックスの邸宅にて、パソコンの画面越しにパリにいるヒースがザックに忌々しそうな顔を向けた。ザックのかたわらにはヒースの雇った屈強な男が2人並んで立ち、さらにその脇にはジャレットが椅子に座って2人のやり取りを見ていた。
「切り出す隙が彼には無い。私ですら難しいのだ。彼の頑なさは、まさに看守長というお堅い仕事向きだな。」
研究所から自宅に帰ろうとしたら、駐車場で男たちにつかまり、半ば拉致される形でこうしてヒースの家に連れてこられた。車中でアダム・ヘムズワースの名を出されて、バレていたかと観念した。だからここまで無抵抗でやって来たのだ。
「だからと言ってストーカー行為はよくない。アダムはああ見えてもノミの心臓だから、今も不安がっているだろうな、かわいそうに。」
「別に嫌がらせをしていたつもりはない。」
「ストーカーはみんなそう言うんだ。腐っても心理学のセンセイならわかるだろ。」
「……そうだな。で、これで私への疑いは晴れたかね。単なる興味であり、彼らに対する悪意はないと。」
「ジャレット、どう思う?」
椅子に逆向きに座り、背もたれに顎をのせていたジャレットが、パッと顔を上げた。
「ウォルツ先生がそう仰るんだから、信じよう。」
「けっ、ぬるいヤツだ。お前はそいつのファンだからなあ。本にくだらないサインをもらったくらいで、あっさり買収されやがった。」
「先生、すみませんね。兄はこのとおり高慢で無礼な男なんです。」
「いや、面白いお兄さんだね。それに無礼だが悪人ではないようだ。ただのひねくれ者だな。高慢なのは仕事柄仕方のないことだろう。」
「なんだと、それが軟禁されてるヤツのセリフか。自分の立場を少しは考えたらどうなんだ。」
「軟禁って認めるんだな。兄さん、彼のご家族が心配するからもう帰すよ。今や兄さんの方が悪人だぞ。誘拐犯だ。」
「人聞きの悪いことを言うな!俺はストーカーの身ぐるみを剥がしてやるとアダムと約束したんだ。やいウォルツ、俺はお前のことをアダムに報告するからな。俺にはその義務がある。」
「ううむ……今は少し困るな。私はローレンス氏に依頼されて仕事をしている身だ。支障が出る。」
「そうは言っても、友をいつまでも不安に陥れたままにしておくわけにはいかない。」
「……兄さんじゃコトがややこしくなりそうだ。ねえ、僕から彼に話すよ。」
「お前から?」
「別に先生は悪いことをしていたわけじゃない。確かにアダムにとってはいい迷惑かもしれないが……その、ともかく僕に任せてほしいんだ。」
静かに兄に訴えるジャレットの表情に、ザックは彼が何かを自分に伝えたいのだと悟った。
「兄さんは、今はとにかく自分の仕事に集中してくれないか。大事なときなんだし、プロジェクトに携わってるたくさんの人たちのキャリアにも関わることだろう。……大丈夫、ちゃんとうまく収めておくから。それに僕は親友として、兄さんよりもアランとの付き合いが長い。だから、ね。」
諭すように優しく微笑む。この陰険な面構えの兄と、まったく似ていない。性格も正反対のように見える。しかしこの兄も兄なりに弟を信頼しているのか、つまらなそうな顔であいまいにうなずき、「頼むぞ、モデルの件も絡んでくるんだから。」と言い、プツリと回線を切った。
「おやすみもナシか、まったく。先生すみません。」
「あなたは彼といると謝ってばかりのようですな。」
「あの人は絶対に自分の非を認めませんからね。……それはそうと……」
「ローレンス氏に関することで、何か話したいことがあるようですね。」
これまで著書でしか知らなかった彼の観察眼を目の当たりにし、ジャレットはひそかに感動しつつ、ずばり言い当てられたことで少し身構えた。
「……先生にしかお話しできないことです。こうしてお会いできたことが奇跡的な導きだと、実は少し感動しています。」
「聞きましょう。」
「いえ……今日はもう遅いですし、ご家族が……」
「去年から、妻と別居してましてね。」
「えっ?あ、それは……」
「子供たちは毎週土日にうちに泊まりに来ます。だから木曜日の今夜は、家で私を心配する者など誰もいない。」
「…………。」
「どうです、街に出て夕飯でも。私が首を突っ込んだことなんだから、相談料なんか当然取りゃしない。」
「先生……ああ、それじゃあ、ぜひ。」
ジャレットの、少し困惑の入り混じった笑顔を見て、ザックも微笑んだ。
思わぬ形で、「ふたり」の秘密を知れることになるかもしれない。フォックス兄弟との思わぬ出会いを、ザックも運命的だと感じていた。
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