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州の高級住宅地にほど近いレストラン。駐車場には高級車がいくつも並ぶが、ジャレットが兄に買ってもらったという車はその中でも見劣りしない。ここには、シビックなどは1台も駐まっていなかった。
ロマンスグレーの髪をきれいに撫でつけた黒服の男が出迎え、ジャレットの顔を見ると「フォックス様、お待ちしておりました。」と親しげな笑みを浮かべた。
男の2人連れというのはあまり居ないようだが、まどろむような照明の下、他の客の顔ぶれというのがさして気にならない。静かすぎないのは、このほのかな暗さと穏やかさが人を饒舌にさせるためであろう。いつもなら無視して通りすがるような店だが、この雰囲気はとても良い。
「ビリーは旅行中だってね。こないだ写真が送られてきた。」
「ええ、ちょうど今夜にはパリに着くはずです。お兄様もそちらにいらっしゃるそうですね。」
「うん。しばらくまた行ったり来たりになりそうだ。……あと彼はついさっき知り合ったばかりの、ザック・ウォルツ先生。」
「ああ、やはりそうでしたか。去年御本の出版をされた際に、テレビに出てらしたのを拝見して、大変興味深い方でしたので……それで私も思わずその最新刊を手に入れたほどです。お会いできて光栄です。」
「それはわざわざありがとうございます。……私も、こんな素敵なところに来られて……その、光栄と言いますか、肩身がせまいと言いますか……」
「何を仰います、好きなだけここでお寛ぎになって下さい。そのために、少し奥まった場所になりますが……お話しやすい席をご用意します。」
年の功だろうか、嘘や世辞を見抜く自分を前にしても、その黒服には一切の動揺も取り繕いも見えず、そして言葉にも嘘は見受けられなかった。しかも何かを察してわざわざ特別席まで案内してくれるという機転の効いた対応で、ザックはさらにその店を気に入った。
ー「彼がここのオーナーですか?」
周囲からほどよく離された席。2人で使うには少し贅沢に感じられる大きなソファーに腰掛ける。
「いえ、彼はここの副支配人のようなものです。オーナーは、さっき話したビリーという男性です。年は僕と変わりません。」
「何と……そりゃずいぶんやり手ですな。ここはあのお兄さんの紹介かなにかで?」
「いえ、去年僕がアランにはじめて連れてきてもらったんです。それですっかり気に入って兄にも教えたら、出張から帰るたびにここに寄るようになったそうですから、今じゃすっかりいきつけみたいですけど。」
「なるほど、ローレンス氏がこんなところに……あまりこういう店を好みそうには見えないが……」
「みんな、そのビリーの顔を見たくて来るのです。それにここなら、こんなふうに秘密会議もしやすい。」
ビリーが不在でもジャレットがここを選んだのは、そのためだ。
「……ふう、やっと吸える。この歳になっても兄がうるさいんです。だから彼の前では、たとえ画面越しだって吸えません。服も車の中も、匂いに敏感だからどんなに消したってすぐに気がつく。」
そう言ってジャレットが、新しいタバコの封を切った。勧められて、今日1日吸っていなかったザックも手に取り、火をつけてもらう。ようやく味わえたタバコは美味かった。職場は禁煙にしているし、家でも決して吸わない。だが、家庭ではもうこの一服を咎められることはないのだと、今になってようやく気がついた。
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