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「もうひとつあるはずだ。」
「もうひとつ?」
「あなたは私の仕事ぶりを間近で研究したかった。」
「それはどういう……」
「本当に、表情や仕草で相手の心理を見抜けるのか。当然ながら半信半疑だったでしょう。だがもしも私が本当に囚人の心を読み解き、そして真に反省をしているのかを知れると確信したなら、あなたはそれを他の誰かに試したいと思っているんじゃないですか?」
「…………。」
「あなたはいつか私に個人的な依頼をするつもりだった。違いますか。」
「なぜそうお考えに?」
「簡単なことだ。あなたがいつも私を探っているからです。あなたが立ち会って、私と囚人が仮釈放の面談をするとき、あなたは囚人ではなく私を見ている。観察している。私の発言や立ち居振る舞いや、またはどういう切り返しをしてみせるか……まるで私の面接官のように、いつも私を研究しているように見受けます。そして、なかなかそれを自分からは切り出せないでいる。あなたは真面目な方ですから、おそらく公私混同となることにためらっているのでしょう。」
「いつからそうお思いに?」
「はじめからです。刑務所からの依頼自体も初めてだったから、何か理由があるのかと、最初からあなたのことにも注意していました。あなたが深く探りたい相手、特定の囚人……アル・スミスのことかと思っていたが、どうやらそうでもない。」
「今は彼らのことだけで構いません。確かに個人的な興味もあって、あなたのことをよく知るためにお呼びしました、それは認めます。けどあなたの能力をこの目できちんと見て、やはりこの施設のためにあるべきだと思いました。僕個人のことは……大したことではないので、今は囚人を優先してください。」
すると数秒の間を置いて、ザックが静かに問うた。
「もうひとつだけ、お尋ねします。」
「先生……」
「あなたには決して洩らしてはならない秘密がお有りですね。」
「……誰しもが持つものです。」
「そうでしょうが、私の依頼主には、探ってほしい対象があり、そしてまた自分自身にも大きな秘密があることが多いのです。依頼内容と依頼主の秘密は必ずしも関連しているわけではない。しかし時につながっている。あなたはどちらです?」
「…………。」
「つながっているのですね。となると、想像がつく。」
「いったい何がわかるんです。」
「あなたが下した私への依頼内容は、施設の囚人の深層を読むこと。そしてそれにつながっているであろう、あなたの秘密。……もうすでに施設にはいない囚人、いや、元囚人の中で気になる者があるんじゃないですか。あなたは秘密裏にその元囚人と何らかの関係を持っている。もしそうだとしたら、世間的にはバレるとまずいことですからね。悪いことをしていなくとも、その関係を知っていい顔をする人はいない。」
電話の向こうのローレンスの表情が手に取るようにわかる。
「質問返しで悪いですが、あなた、僕の身辺を探ったことは?」
「ありません。依頼以外のことはしないと言ったはずです。」
ザックは嘘をついた。
「しかしあなたの目は、あなたが思う以上に私に様々のことを訴えかけてくるのです。それは誰しもがそうですが……。私はこれまであなたにお見せしてきたとおり、人の機微から心情を掬い取り、そしてそれを組み立てて推理することのプロフェッショナルです。それができなくては仕事になりませんから。何百件と仕事として為してきたことです。……だからわかるのです。」
すると、ローレンスは観念したように小さくため息をついた。
「……ここでは話せません。いずれ時間が空いたら……いつかお話しします。」
「待ってますよ。……あなたは私からしても少々見えづらい人です。だから気になるのです。私の個人的な興味として聞かせてください。誰にも言いません。それに……」
ザックが思わぬことを告げた。
「これは依頼としては受け取りません。すなわち依頼の金も要りません。私の後学のために、あなたの抱えるものに触れさせてください。あなたの役に立てるかもしれない。」
「なぜそこまで?」
「あなたが不思議な男だからです。アル・スミスと同じように、私もあなたにはどうにも興味を惹かれるのです。」
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