いや、この状況で答えねーよ!!!!!

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いや、この状況で答えねーよ!!!!!

この世には、主役、ヒロイン、メインキャラ、敵キャラ、ボスキャラ、ライバル、ザコ、魔物、キーキャラなどなど、物語の進行にかかせない、物語の主軸となる人物がいる。 この世界、サンクチュアリにも勿論そんな人物は数多く存在する。 妖精、魔物。 魔法、剣術。 街中に並ぶ防具や武器、魔法道具、回復アイテムの店。 酒場に集う冒険者達。 魔物に怯える民。 討伐を指示する王。 日々様々な物語があちらこちらで始まっているのだ。 私はそんな世界のただのモブである。 「ここの名物は、スピスピ鳥の丸焼きだよ!」 それが、モブである私(この世界でのごくごく普通の量産型成人女性の一人)のお決まりのセリフだ。 モブはセリフも行動も全く寸分の狂いなく全うするのである。それが何度話しかけられようと。そりゃもうしつこいくらいに粘着会話されようとも。 何かイベントに応じてセリフか変わるのはモブではなくキーキャラと呼ばれる肩書き持ちのキャラである。 モブはモブらしく、モブ以外のことはしないのが立派なモブだ。 私が居る酒場(ここ)にはいろんな冒険者が来る。 話しかけられなければ邪魔にならない程度にひたすらにガヤを演じ、数多いる顔も名前もないような量産されたモブの一人が私だ。 話しかけられれば、そう、私は必ず 「ここの名物は、スピスピ鳥の丸焼きよ!」 と返事をするのだ。にっこりと笑顔で。 それがどうした。今日はなんだ? 「ここの名物はなんだ?」 いつも冒険者からのセリフだって固定だった筈だ。 それこそ粘着会話されたときだって。 それなのになんだこれは?!? 「にげろ!ワイバーンがこの酒場につっこんでくるぞ!!!」 血相を変えて転がり込んで来た小太りのオヤジはたしかここのモブを一緒にやっていたはずで、続いて爆音なんかは起きないはずで、酒場はいつも和やかに、いつも通りの昼間を今日も過ごすはずだったのに。 魔物に半壊にされた酒場。 逃げ惑うモブ。 燃える酒場。 怪我をしたモブ。 迫り来る竜の形をした魔物。 逃げ遅れて尻餅をついた私(モブ)。 こんなパターンは知らないんですが?! なるほど、なるほど、ははーん。わかりましたよ!ここで竜に食われてしまうか、竜か瓦礫で押しつぶされるか、燃え死ぬかのどれかの、死亡するモブにチェンジですか、そうですか。短いモブ生活でした。 死ぬモブより、生きるモブでいたかったなぁ。 とんできた瓦礫で痛めた脚を必死にもがきながら、ワイバーンから後退する。 空振りがほとんどで、右腕も痛いし、視界がわるくて頭がジンジンと痺れて顔半分が生暖かいのは、これは血だろうか? 着ていた量産型ワンピースはぼろぼろ。靴は一足どこかにいってしまった。 柔らかく束ねていた髪もきっとぼろぼろだろう。 ワイバーンって初めて見たけどすごく怖いんだな。こんなのと冒険者たちは戦って、勝ったり、負けたり、ひどい時は死んだりしてたんだ。 体なんか大量の岩がくっついてるみたい。とにかくなにもかもがでかい。身体も、顔も、翼も。爪なんかワインボトル3本くらい束ねたらできるくらいかな?あとなんか臭いし。臭いのは周りが焼けてるからなのかな。わかんないや。 歯がガチガチと音を立ててる。静かにしなきゃ。できればちょっとでも長く生きていたいのに。でも、どうやったって震えが治りそうもない。 なんというバッドエンド。 「たすけて」 口にしたけど実際は歯がガッチガッチうるさいだけだった。 地響きをたて、大きく身体を揺らしながら、ワイバーンが迫ってくる。 ぎょろぎょろと目を動かし、捕食対象を探しているようだ。 あ、目が合ってしまった。 一瞬のうちにワイバーンの唾液のこびりついた歯と真っ赤な口内が目の前に広がっていた。 空気が通る音が喉からしたのは、私の声にならない悲鳴が、ワイバーンの食事をする前の喉の開く音かはもうわからなかった。 食べられるのか。そうか。食べられるのか。 きっとすごくいたい。 迫り来る衝撃に目を閉じ、ぎゅっと体を固くする。 痛いのは出来れば一瞬だといいな。 ほんとうにほんとうに望みなんか一ミリもないけど、出来るなら、生きていたいな。 ブォンという空気大きく裂く音がした。 ついで、鼓膜が破れるんじゃないかという咆哮。直後、さらに鼓膜をおかしくするには十分すぎる轟音と爆風と共に大地が揺れた。 そのあと、静寂。 一向にこない衝撃と痛みに緩やかに片目を開くと、目の前には逞ましい冒険者たちと、こときれたワイバーンが地面に沈んでいた。 ふと、鎧の勇者がこちらに気がついたようで、目が合う。 ワイバーンの血に濡れた剣を振り、鞘に納めるとゆるやかに笑う。 「あ、ねぇ君。ここの名物って何?」 いや、この状況で答えねーよ!!!!!!
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