第一章 いらっしゃいませ、どうぞこちらへ 1、

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第一章 いらっしゃいませ、どうぞこちらへ 1、

私の名前は遠野彰文(とおのあきふみ)。 都心に位置するお洒落なレストランのウェイターをしている。 自分で言うのもなんだが、容姿淡麗でスポーツ万能、頭は切れるし生まれながらに身に付いている気品。 挫折など経験したこともなくまさにエリート人生に乾杯!と言ったところなのだが、こんな私にも少々悩みがある。 「そもそもお前には落ち着きがない。  いい歳してフラフラしおって、全くもって自覚が足らん」 上から辛辣な言葉が振りかかる。 爺さんの説教は長いのだ。かれこれ三十分。 畳の繊維の一つ一つが私のスネに食い込みじわりじわりと足先に血液が巡らなくなっていく。脂汗が浮かんで来る。 昔の人は何故好き好んでこんな体勢で生活していたのだろう。 横に同じように正座をさせられているヨシが泣きそうな顔で私を見てきた。 彼は庭を掃除中に竹箒でハリーポッターごっこをしていたらうっかり爺さんの秘蔵の盆栽を壊してしまい、この「地獄の正座耐久大会」に強制参加させられてしまっているのだ。 あの盆栽をどれだけの時間かけて育てたのか、どれほどの価値があるのかをつらつらと述べていた爺さんだったが、いつの間にかかの高尚な孔子の素晴らしい話に移行しているのは一体どのような了見なのだろうか。 このままでは私の自慢の長い足が短くなってしまうではないか。 痺れた足の痛みを紛らわす為に円周率を数え始めた時に、タイミング良くヨシのスマホが鳴った。 まずい、と言う顔をしてヨシは着ている袈裟をまくってスマホを取り出した。 場の空気が凍る。 爺さんの顔が般若のように変化し、ヨシの額には脂汗が浮かび、そして空気の読めていないスマホは軽快なリズムで着信を告げる。 「馬鹿者が! 袈裟の中にポケベルを入れておくとは何事だ!」 「す、すいません住職!」 いやいや、ポケベルはないだろうという突っ込みを入れたいところだったが、浮世を離れた身としては知らなくて当然なのだろうか。    爺さんは真昼の直射日光を受けて輝くヨシの坊主頭をひっぱたく。未だ着信を告げるメロディに合わせてリズミカルに。 涙声で平謝りするヨシを尻目にふと時計を見ると、仕事の時間が迫って来ていた。 真面目で紳士な私としては遅刻するなど一生の恥。ましてや無断欠勤など三生の恥。 説教を続けている爺さんにバレないようにそっと立ち上がりこの場を逃げ出そうと試みた。 すまないヨシ。恨むなら君に電話をかけてきた何者かを恨んでくれたまえ。 そうやって心の中で十字を切り立ち上がった瞬間、世界が反転した。 長時間正座していたせいで膝から下に血液が巡っておらず、私は畳の上に無様に倒れ込んだのだ。 思わず「ウーップス!」とアメリカ人ばりに叫んでしまったのが運の尽き。 半身を起こして振り返ると、般若な爺さんは私の方を向いていて、右手にはいつの間にか座禅の時に使う平たい棒を持っていた。 「彰文! この、うつけ者が!」 予想通り平たい棒(正式名称不明)は風を切り、只今痺れている私の足に命中した。 衝撃が足→尻→背中を伝わって脳天から突き抜けていく。 執拗に何度も何度も叩き血管を刺激する爺さん。何やらサディスティックな顔をしているように見えてきた。 叩かれ続けるうちに痛みがだんだん快感に変わっていくようで、アブノーマルなプレイに目覚めてしまいそうだが、足は一向に動く気配が無い。 完璧なこの遠野彰文の悩み事。  それは、ああなんという悲劇。  まったくもって私の雰囲気に合わないのだが、実家が寺だということだ。
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