128人が本棚に入れています
本棚に追加
バズった? 俺が? SNSなんてやってないのにどうやってバズったんだ?
「バズったってどういうことだよ」
「この動画、学祭のときのだよな」
近野がスマホの画面をこちらに向けた。そこに映っていたのは、後夜祭でバンドのボーカルとして歌っていたときの動画だった。誰かが撮影していたものがアップされており、それが拡散されている。
「うわ、すげえ数のいいねだな」
「動画に対するコメントの数もすごいね」
遠く離れた場所にいた観客が撮影していたのか、動画を見ても顔は判別できそうにない。しかしその投稿に関連した投稿の中に、俺の高校時代の修学旅行の集合写真を載せたものがあり、それも一緒に拡散されていた。
「理人、有名人じゃん」
「友達がバズってんのはじめて見た」
「かっこよすぎ! 芸能人の方ですか? だって」
「顔がどタイプ! 結婚してほしい。ってコメントもあるな」
自分の知らないところで好き勝手言われるのは慣れているが、問題なのは名前や大学、学科を特定されていることだ。このままいけば住んでいるマンションを特定されるのも時間の問題かもしれない。
「でも、こういうのっていきすぎると住所まで特定されるよね」
「昔、あったよな。芸能人が住所特定されて、知らないやつが押しかけてきたっての」
そういえばそんなこともあったな。俺は芸能人じゃないからそこまで大事にはならないと思うが、それでも個人情報がネット上に晒されているのは困る。
「あー、たしかに。それはダメだよな」
「投稿したやつに言って消したもらったほうがよくないか?」
「近野、できそう?」
「やってみるわ。とりあえずこの投稿者がうちの学生なら直接話せると思うし」
「近野って知り合い多いよな」
「人脈には自信あるからな!」
「消されたとしても一度は拡散されてるわけだし、何があるかわからないから気をつけろよ。そうでなくても理人はモテるし」
「ああ、ありがとな」
SNSなんて色々な情報で溢れかえっているのだから、一般人の学祭の動画なんてすぐに落ち着くだろう。それまで何もなければいいが。
しばらくこの話題で盛り上がったのち、四人でテスト勉強をして夕方に帰宅した。
約束通り、朱鳥さんは仕事終わりに俺の部屋に来てくれた。玄関のドアを上げた瞬間、思わず抱きつそうになるのを必死でこらえて部屋に招き入れた。
「すみません、わざわざ来ていただいて」
「ううん。理人くんが困ってるなら力になりたいし……っていうのは建前で、正直に言うと君に会いたかったから」
「……俺も、会いたかったです」
朱鳥さんも同じことを考えていたとわかると嬉しくなって、つい口の端が緩む。今がテスト期間じゃなかったらこのまま泊まってもらえるのに、などと思いながらも机に向かう。
今回の小テストの範囲を確認するために、朱鳥さんが参考書や俺のノートを確認する。
「うん、これなら大丈夫そう。理人くんが言ってた難しいところ、教えてくれる?」
「はい。次のページの、この問題なんですけど……」
朱鳥さんの説明は今まで出会ってきたどんな先生よりもうまくて、勉強は驚くほどスムーズに進んだ。他の問題も丁寧に教えてもらい、一人でやっているときの何倍も捗った。
「あ、ここの問題はこうやって解いたほうが早いかな」
朱鳥さんがスラスラとノートの端に数式を書いていく。これまで見る機会はなかったが、朱鳥さんの字はとてもきれいだった。この字が自分に向けて書かかれたものだと思うと嬉しくなって、文字の一つ一つを指でなぞってみた。
「もしかして集中力切れた?」
「……あ、すみません……朱鳥さんの字、きれいだなって」
「本当に? 理人くんにそう言われると嬉しいな」
照れたように笑う姿に胸がきゅっとなる。
……ダメだ。完全に集中力が切れてしまった。こんな状態で続けても数式がまったく頭に入ってこない。一旦休憩を挟もうとシャーペンをノートに置いたところで、後ろから朱鳥さんに抱きしめられた。
「ごめんね、俺も集中力切れたかも」
「じゃあ、ちょっと休憩してもいいですか?」
「もちろん。そうだ、理人くん夜ご飯食べた?」
「まだです」
「なら、何かつくるよ」
朱鳥さんが俺から離れてキッチンに行こうとしたので、思わず服の裾をきゅっと掴んだ。
最初のコメントを投稿しよう!