1 春

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 同じ大学で学部も学科も同じである以上、今みたいに構内で会うことはある。そういうときはできるだけあたりさわりのない接し方をするようにしている。 「うん、でも今は乗ってるほうが好きかな」  斎川は料理と裁縫が好きで、付き合っていたときはお弁当をつくってもらっていた時期もあった。理香さんがつくるオムライスはいつも卵でケチャップライスを包んであったので、斎川も同じようにつくってくれた。  でも朱鳥さんがつくるオムライスはふわふわとろとろの卵をケチャップライスに乗せる。これがまた信じられないほど美味しくて、おかげで今ではすっかり卵は乗せる派だ。  話をしているうちに列は進み、俺たちの番になった。深月は定食、俺と近野はオムライス、相模はラーメンを注文し、コートを置いていた席に座る。  斎川たちも席を確保していたらしく、俺たちの席からはべつのテーブルに向かった。 「そういやさ、聞いてやって。相模のやつ、彼女と大喧嘩したんだってよ」  相模は注文したラーメンを啜りながら、唸り声を上げた。 「え? マジか」 「マジ。しかもさ、まだ仲直りできてねえんだよ……」  相模は今年の一月に付き合ったカフェの店員と今も続いている。どタイプだと言っていただけあって、付き合ってからはほかの女の子と連絡を取ったり、遊びに行ったりすることはなくなったし、惚気話を聞かされることも多かった。  てっきり順調に続いているのだと思っていたので、大喧嘩をしたというのは意外だった。 「大喧嘩って、何したの?」 「……先週の夜に彼女のバイト先に行ったんだよ。俺がバイトとかサークルない日は、バイクで迎えに行ってんだけど、そしたら知らない男と二人で喋ってて。しかも寒いからって彼女がその男のコートを羽織ってたんだよ。あとで聞いたら、そいつは幼馴染みらしくてさ、たまたま店に来てたから、俺が来るまで一緒にいたんだって。小一からの付き合いだから、恋愛には絶対発展しないって言うんだけど、でもそれ見てめちゃくちゃ嫉妬してさ……それで大喧嘩になった」  相模がため息をつく。近野がわざとらしく相模の背中を叩く。もう一度、今度は深く相模がため息をつく。 「わかってんだよ……幼馴染みは大事だと思うし、恋愛感情がないってのも、理人くらい彼女に対して余裕あったほうがいいってのも、全部わかってんだけど……」 「まあ、幼馴染みってことは、相模と会うより前からの知り合いなんだろ。ある程度の仲の良さは仕方ないと思うけど」  ふわふわのオムライスをスプーンで割いて、下のケチャップライスと一緒に口の中に運ぶ。ほんの少しの酸味と卵のふわふわが口の中に広がっていく。 「だよなあ……男の嫉妬は醜いって言うだろ? だから俺も気にしないようにしようって思ってはいるんだけど……でもさ、わざわざ俺が迎えに来るのわかってて、ほかの男のコート羽織るのってどうよ?」 「そこは彼女との考え方の違いだから、どっちかが寄せるかお互いが擦り合わせるしかないんじゃない?」  深月が焼き魚の骨をきれいに取り、皿の隅に避ける。相模は「やっぱそうだよなあ……」と再びため息をつく。  考え方の違いか。朱鳥さんは恋人以外の人間との距離感について、どう感じるタイプなのだろうか。  新歓で赤坂の香水の匂いが移ったときは、多少気にしてるみたいだったけど、元カノの斎川が入学してきたことを言っても、とくに興味はなさそうだった。  俺が誰かのコートを羽織っていても気にしないように思う。俺もたぶん気にしないしな。  と、そこまで考えて、勝手に決めつけるのはよくないかと思い、今日会ったときに聞いてみることにした。  そのあとも相模と彼女が仲直りするための話をしているうちに、昼休みが終わり次の講義に向かった。
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