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メッセージは朱鳥さんからだった。
『理人くん、もう退勤した? もしまだだったら迎えに行くよ』
とっくに退勤している時間なのに、いつまで経っても部屋に来ないから心配したのだろう。スマホに表示された時間を見ると、夜の十一時半前だった。
あのやりとりを見たあとで朱鳥さんに会うのは怖いが、これ以上待たせるわけにもいかない。意を決して立ち上がり、スマホと鍵を持って家を出た。
ちょうど三階で止まっていたエレベーターに乗り込み、七階のボタンを押す。エレベーターが上昇していくに連れ、さきほど見た男の言葉が耳の奥で蘇る。思い出すだけで、手足から血の気が引いていく。
七階まではあっという間だった。誰もいない廊下を歩き、突き当たりにある朱鳥さんの部屋に向かう。一歩進むに連れて緊張が増していく。何度か立ち止まって戻ろうかと考えたが、何とか踏ん張って前に進んだ。
部屋の前にたどり着いたところで、もう一度深く深呼吸をする。
「……大丈夫」
朱鳥さんと付き合っているのは俺だから、ほかに誰がいても絶対に大丈夫。
震える指先でインターフォンを押そうとして、突然内側からドアが開いた。慌てて指を引っ込め、ドアにぶつからないように一歩後ずさる。
ドアを開いて真っ先に目が合ったのは、さきほど駐車場で見た関西弁の男だった。
「……誰や、自分」
男は深く眉間に皺を寄せて、こちらを見下ろしている。朱鳥さんと話していたときのような気軽さはどこにもない。
最悪だ。よりによって一番会いたくない人に会ってしまった。相手のことをよく知りもしないのに、そんなふうに思うのは失礼かもしれないが、会いたくないものは会いたくなかった。
……何で朱鳥さんの部屋にいるんだよ。
男は俺の頭のてっぺんからつま先までをじっと見ると、ドアを開けたまま部屋の中に向かって叫んだ。
「朱鳥ー! なんや、どえらい別嬪さんが来てんでー!」
男の言葉と重なるように、部屋の奥から足音が近づいてくる。今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちを抑え、何とかその場に踏み留まる。
「は? 何言ってんの」
男の後ろに見えた朱鳥さんから視線を逸らすように俯く。もし、今ここで朱鳥さんが俺に気づかずにドアを閉めたら、きっと立ち直れない。
「それより早く理人くんを迎えに……」
名前を呼ばれて反射的に顔を上げると、驚いた様子の朱鳥さんが、男を押し退けて靴下のまま玄関に出てきた。
「理人くん、おかえり! ちょうど今から迎えに行こうと思ってたんだ」
「え……あ、すいません……その、遅くなって……」
「ううん、大丈夫。疲れたでしょ? 早く中に入って」
朱鳥さんに肩を抱かれ、わけがわからないまま靴を脱いで室内に入る。ソファに座ると朱鳥さんが床に膝をついて、俺の手を握った。
「理人くん、何か飲みたいものある?」
「あ……じゃあ、ココアをお願いします……」
「ココアね。わかった」
朱鳥さんは優しく笑って、俺の頭を撫でる。いつもならそれだけでひどく安心できるのに、今日は知らない男がいるせいで、体から力が抜けずにいる。
「ちょい待ち。朱鳥、その子、誰やねん!」
玄関にいた男が大股でこちらに来ると、朱鳥さんと俺を交互に見た。見ず知らずの、それも明らかに年下の男がいれば、不審に思うのは当然だろう。
どう返答していいのかわからず、助けを求めるように朱鳥さんを見た。
「彼は俺の大切な恋人だよ」
「……は?」
男は納得していない様子だったが、朱鳥さんは気にせずキッチンに入り、ココアを淹れはじめた。
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