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男同士であることと年の差を考えて、俺たちの関係を知っているのは深月と京斗さんの二人だけだ。京斗さんは前から俺たちの関係に気づいていたらしく、付き合っていると打ち明けたときも驚く様子はなく、むしろ祝福してくれた。
でもそれは、あくまで俺と朱鳥さんの過去を知っているからであって、きっと何も知らない人からすれば、社会人と大学生の男同士のカップルなんて、歪な関係に見えるだろう。
わざわざ自分から他人に言うつもりはないし、知られなくてもいいと思っていた。
だからこうしてはっきりと言葉にされるのは、嬉しい反面、相手の反応が怖かった。もし、金澤さんと同じようなことを言われたら、と思うと胸の辺りが重くなる。
男は一瞬考える素振りを見せたあと、何かを思い出したように急いでこちらに来て、俺の隣に座った。
「兄ちゃん、名前は?」
「八月一日理人です……」
「理人……ほな、この子が例の初恋の子か?」
「は、つ……」
初恋と言われて、深月と京斗さんの話を思い出した。朱鳥さんがアメリカにいたとき、部屋の玄関に俺との写真を飾っていたという話。つまり、この男もアメリカの会社で働いていたのだろうか。
「そうだよ。可愛いでしょ」
朱鳥さんが湯気だったマグカップをテーブルに置く。甘い匂いが鼻をかすめ、まだ熱いのは承知のうえで取手を掴む。フーっと息を吹きかけて、飲める温度になるまで冷ます。
「あと杏夜くん、悪いけどあっちに座ってくれる?」
すっと、温度のない声がして思わず顔を上げると、杏夜と呼ばれた男は、怪訝そうに眉を顰めて朱鳥さんを見ていた。
「朱鳥、お前……」
杏夜さんは何か言いたげな顔をしていたが、その場で小さくため息をつくと、しぶしぶ立ち上がってソファの反対側に行き、テレビを背に胡座をかいてテーブルに頬杖をついた。
「まあ、ええわ。それよりこの別嬪さんに俺のこと紹介せえや」
「ああ、そうだったね」
朱鳥さんはソファに座ると、俺がココアを一口飲むのを待ってから、話しはじめた。
「ごめんね、理人くん。いきなり部屋に知らない人がいたらびっくりするよね」
「ちょっとだけ……びっくりしました」
「彼は向坂杏夜っていって、俺の二つ上のいとこなんだよ」
「……え、いとこ!?」
思わず杏夜さんを見ると、こちらを見てニヤニヤと笑っている。もしかして俺が勘違いしてたことに気づいたのもしれない。
「うん。関西に住んでるから、普段はまったく会わないんだけどね。今は出張で東京に来てるんだって」
「そうだったんですね……」
「その様子やと俺の話、したことないやろ?」
「ないよ。杏夜くんがこっちに来るなんてめったにないし、理人くんと会う機会もないと思ってたから」
「ま、たしかにな。それに俺がここまで来た意味もなくなってもうたし」
「意味、ですか?」
そういえば、駐車場で朱鳥さんのことが好きだというような話をしていた。いとこなら恋愛に発展する可能性はないだろうが、ならばあの話は一体何だったのか。
「俺の高校時代の女友達がな、今、朱鳥と同じ会社で働いてんねん。その子、前々から朱鳥のことが好きで好きで、どうにかして付き合いたいと思っとったらしいわ。で、去年たまたま俺が朱鳥のいとこやって知って、どうにか仲を取り持ってほしいって頼まれたわけや」
こんなかっこいい人が同じ会社にいたら、好きになる人がいるのは当然だろう。でも、俺の知らないところで誰かが朱鳥さんと女性をくっつけようとしているのは、やはりいい気はしない。
「もちろん断ったんだけど、杏夜くんがしつこいから、理人くんを紹介しようと思ったんだ。俺には大切な恋人がいるって」
「しつこいって……そりゃ、友達が片想いしとったら応援するもんやろ。まあ、でも付き合ってる子がおるんやったら話はべつや」
杏夜さんと目が合う。次に何を言われるのかと緊張して、マグカップを持つ手に力が入る。
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