3 秋

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 瀧野の家を出てタクシーを呼び、その間にスマホを確認すると、朱鳥さんからメッセージが届いていた。 「……やば」  料理と話に夢中になっていてまったく気づかなかった。慌ててトーク画面を開く。 『理人くん、バイト終わった?』  一つ目のメッセージはカルラを出てすぐに届いていた。そしてもう一つは一時間前だ。 『疲れてるところごめんね。指はちゃんと消毒するんだよ。おやすみ』  どうしよう。朱鳥さんのメッセージに返信し損ねてしまった。きっと指の怪我のことをすごく気にかけてくれていたのだろう。朱鳥さんは心配性だ。はじめはそういう性格なのだと思っていたが、最近になってその原因が『俺が交通事故に遭ったのを見ていたから』だと知った。  付き合いはじめてすぐのころは朱鳥さんの部屋に食洗機がなくて、料理をつくってもらった代わりに俺が食器を洗っていた。そのとき、包丁を洗おうとして全力で止められたことがあった。俺の体から血が出るかもしれないと思うと怖くてたまらないらしい。  そこまで朱鳥さんの心に深い傷を残してしまったことにひどく罪悪感を覚えた。何よりこれは料理をはじめたことを言いたくない理由のうちの一つでもある。 「何て返そう……」  タクシーの後部座席でスマホの画面と睨めっこする。  正直なことを言えば、今ものすごく朱鳥さんに会いたい。瀧野と恋愛について話したからか、それとも朱鳥さんからメッセージが来ていたからかはわからないが、会いたくて仕方ない。せめて声だけでも聞きたい。  でも『おやすみ』と言われた以上、きっともう寝ているだろう。時間も時間だし、今から返事をして起こすのは申し訳ない。朝一で返事をするという手もあるが、メッセージを見た以上、何も返さないのは俺自身がモヤモヤする。 『返事が遅くなってすみません。バイト終わりに瀧野の家で夜ご飯を食べてました。指はちゃんと消毒するので大丈夫です。ご心配をおかけしました。明日も仕事頑張ってください。おやすみなさい』  ……長いな。でもこれだけちゃんと伝えておけば、朱鳥さんが起きても返事をする必要はないだろう。  メッセージを送信したところでちょうどマンションに着いた。料金を支払ってタクシーから降り、エントランスに入った瞬間、スマホの着信音が鳴った。画面見ると『朱鳥さん』と表示されている。慌てて通話ボタンを押してスマホを耳に当てた。 『もしもし、理人くん?』  朱鳥さんの声がする。それだけで嬉しくて、思わず服の裾をぎゅっと掴む。 「……こ、こんばんは。あの、返事が夜遅くなってしまってすみません。起こしちゃいましたよね」 『まだ起きてたから大丈夫。それより友達と会ってたのにごめんね。どうしても指のことが気になっちゃって』 「いえ、こちらこそ心配をおかけしてしまって。でも、本当に大丈夫ですから。部屋に戻ってシャワーを浴びたら、消毒して絆創膏貼り替えようと思って」 『それがいいね。大丈夫そうなら良かった。夜遅くにごめんね』  あ、もう電話が終わってしまう。そう思った瞬間、エレベーターに乗り込んで七階のボタンを押していた。  毎週末会ってるのに、それでも足りない。今日だって客と店員としてとはいえカルラで会ったのに。 『暖かくして寝るんだよ』  こんな時間に会いに来られても迷惑なだけなのに、七階に向かう足を止めることができない。 「あ、の……朱鳥、さんっ」 『ん? どうしたの?』  エレベーターが七階に到着する。ドアが開いた瞬間、エレベーターから降りて廊下を早足に歩く。 「ほんの少しで、いいから……会いたいって言っちゃ、ダメですか?」  朱鳥さんの部屋の前で足を止め、少し荒れた息を整えている。俺たちを隔てるこのドアを、今、自分で開けることはできない。朱鳥さんがダメだと言ったら俺は大人しく帰るしかない。 「ごめんなさい……わがままばっかり……」  言葉を続けようとして内側からドアが開いた。そこには部屋着姿の朱鳥さんが立っていた。手には俺と通話が繋がったままのスマホが握り締められている。  そのまま倒れ込むように朱鳥さんを抱きしめると、優しく頭を撫でてくれた。 「俺も会いたかったよ。理人くん」  
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