1 春

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 そりゃそうだよな。恋愛に発展するはずのない相手と話していただけで嫉妬されるなんて、きっとこれっぽっちも考えていなかっただろう。  これじゃあ、相模のことは何も言えない。もしあの状況で朱鳥さんが杏夜さんのコートを羽織っていたら、たぶん今回よりもっと落ち込んでいただろうし、しばらく朱鳥さんの顔を見れなかったかもしれない。  幼馴染みに嫉妬してる相模のほうが可愛いくらいだ。 「……杏夜さんはそのことに気付いてたみたいで……心配しなくても朱鳥さんのことは取らないからって……言われて……」  朱鳥さんの顔を見るのが怖くて、ひったくったブランケットで顔を隠す。きっと子供っぽいと呆れられたに違いない。知らない人と話すたびに嫉妬されたら、朱鳥さんだって困るだろう。 「……それって、もしかして俺が杏夜くんと話してるのを見て、妬いちゃったってこと?」 「ちがっ……わ、ないです……ごめんなさい……いとこと話してるだけで、そんなふうに思われても迷惑……」  続きを言おうとして口を塞がれた。唇が触れ合っているうちに、朱鳥さんの舌が口内に入ってくる。疲労と安心感で抵抗する気力もない。 「あす、か……さんっ」  ブランケットを必死で握ったままキスをしていると、朱鳥さんが唇を離した。すっと伸びた銀糸が切れて、朱鳥さんと目が合う。 「可愛いすぎるんだけど……」 「……へ?」  まったく予想していなかった言葉に、間抜けな声が出てしまった。 「理人くんは、俺が知らない人と話してるのが嫌だったんでしょ?」 「……そう、です」 「ごめんね。嫌な思いさせちゃって。杏夜くん、事前に連絡しないで来たから、俺もびっくりしちゃって」 「あ、いや、俺が勘違いしただけですから……」  恥ずかしすぎて、どんどん声が小さくなる。 「でも理人くんが嫉妬してくれるなんて、俺は嬉しいよ」 「え……」  言いながらキスをされる。舌が絡み合っているうちに体から力が抜け、両足を伸ばす。肘掛けに頭を乗せると、朱鳥さんが覆い被さるようにソファに手をついて、俺の右手に自分の左手を絡めた。 「はあっ……んっ……」  うまく息ができない。いつも朱鳥さんにキスされるだけで気持ち良くなって、頭がぼうっとする。こうなると自分ではもうどうにもできなくて、されるがままに行為を受け入れる。  だが、服を捲られて胸の突起に触れそうになった瞬間、重大なことを思い出して、慌てて朱鳥さんの手首を掴んだ。 「あ、あの……っ」 「どうしたの?」 「……風呂、入ってないです……」  夏ではないので汗をかいているというほどではないが、朝から大学に行ってそのあとカルラで働いたせいで、多少ではあるが肌がベタついている。昼間はある程度気温が上がるこの時期に、風呂に入らずに触られるのは抵抗があった。  しかし朱鳥さんは俺の言葉を聞いた上で、胸の突起をゆっくりと舐めた。 「ひゃっ……!」 「俺は気にしないけど、理人くんが嫌なら一緒にお風呂に入る?」 「ん、あっ……やっ……そこ、で……喋んないでっ……」  朱鳥さんが喋るたびに舌や歯が当たる。付き合いはじめたころは触られてもまったく反応しなかったのに、舐められたり吸われたりしているうちに、今ではすっかり立派な性感帯になってしまった。 「あす、か……さんっ!」 「理人くんって本当に可愛いね」  まさか男でも反応するとは思わなくて、はじめはかなり戸惑っていたが、朱鳥さんになら触られて感じても嫌な気はしない。 「はあっ……あっ……」 「お風呂沸かしてくるから、ちょっと待っててね」  顔を上げた朱鳥さんが笑って、ソファから立ち上がる。その間に息を整えて、昂った気持ちを落ち着かせる。朱鳥さんが浴室に姿を消す。まだマグカップに残っているココアを飲もうとして、ズボンのポケットに入れていたスマホが鳴った。  横になったままスマホを取り出すと、杏夜さんからメッセージが届いていた。 『今日はほんま急に悪かったな! 朱鳥と末永くお幸せにな〜! ただ、あいつ、ああ見えて子供っぽいとこあるから気ぃつけや〜!』  杏夜さんがそのまま話しているような文面に思わず笑ってしまう。でも朱鳥さんが子供っぽいというのは、まったく想像ができない。    いつでもどこでもきちんとしているし、大人だなって思うことはあっても子供っぽいと思ったことは一度もない。むしろ、いとこ相手に嫉妬してる俺のほうがよっぽど子供っぽいだろう。  返事をしようとメッセージを入力しようとして、目の前からスマホが消えた。代わりに浴室から戻ってきた朱鳥さんと目が合った。 「あっ……」  スマホは朱鳥さんに取り上げられ、そのままテーブルの上に置かれてしまった。 「理人くん」 「……はい」 「よそ見しちゃ、ダメだよ」  そう言うと朱鳥さんはもう一度俺に深くキスをした。それに応えるように、朱鳥さんの背中を強く抱きしめた。  
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