51人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「ロク、小虫がいるようじゃ。始末せい」
「よろこんでー!」
波多織姫は最初の言葉どおり、六郎を食さなかった。だが出ていくことも許されない。そのまま、小虫取りとして居着くことになってしまった。
「じっとしているのもつまらぬ。ロクよ、何か話せ」
「話とはどのような……わあ居たぁ!」
「何でもよいわえ。そういえばそなた、追放の理由は何じゃ。何を盗った?」
「盗ったというか、ひいぃっ、とあるおなごと仲良くなりまして、ぎゃあ!」
「なんと間男か。この穴に落とされるとは、よほど夫の悋気が強かったのだのう」
「あっあっ、いえそれが、他に良い仲になったおなごが六人ほどおりまして……いっでええぇ!」
「では七股か? まことに腐った下衆男よ。だが、そなたごときに騙られるおなごもおなごじゃ」
「そう言えばっ、お姫さまには、お連れ合いはおらぬので……ぬおお!」
「我らが眷属の男は、女より体が小さく草葉の陰で暮らしておる。婿殿を得たくば、この穴を出て探しに行かなくてはならぬが……そなたを見ておると、そんな気も失せるのう」
全身噛み傷だらけになりながら、小虫を踏みつけ、あるいは投げ飛ばす。背中から下りてきた六郎は、血と汗と虫の体液でドロドロになっていた。
「毎度毎度、ひどい有様じゃのう。体を流してまいれ」
「そうさせていただきます……」
住みはじめて知ったことだが、波多織姫の巣穴には下方にも出入り口がある。それを告げたとき、姫はこう付け加えた。
「わらわの目は、二本脚のようには見えぬ。だが、巣穴に張り巡らせた糸に伝わる動きや音、大気のふるえを通じることで、目で見る以上のことがわかるのじゃ。信じられぬか? では試しに逃げてみよ。そなたを追い詰めるのが楽しみだわえ」
「そんなあ、滅相もございません!」
と揉み手しながら否定したものの、逃走について考えなかったかといえば嘘になる。ただ、強大な相手をわざわざ怒らせることもあるまいと思う気持ちの方が強かった。
そもそも六郎は、武勇を誇ったり、優劣を競うことには興味の薄い質である。それが村の「男は強く、頼りがいがあるべき」という価値観になじまず、特に男たちからは嫌われた。まだ若く、顔もそれなりに良く、口達者なため女にはモテたが、それも互いに遊びと承知していたように思う。
そんな六郎にとって、強さも頼りがいも必要ない、ただの『小虫取り』としての暮らしはどこか風通しのよいものであった。
穴を出て、少し歩けば小川に出る。全身を浸すと、熱を持ちはじめていた傷に水の流れがこころよかった。
「ま、お姫さんが婿取りに出ていくまではお付き合いするかなあ」
浅瀬であおむけになりながら、六郎はうそぶいた。
最初のコメントを投稿しよう!