獣たちの衛星雨

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 この日、人類は歴史上初めて自然の逆襲に震え上がる。    磁気嵐によって、地球の衛星軌道上に漂っていたデブリは、磁場が狂って一斉に地球へ降り注ぐように引っ張られる。まるで熱せられた真っ赤な鉄球が無数の雨となって地球を襲うように。  大気圏で燃え尽きるデブリもあったが、大型デブリは地球に降下し、あれだけ青と緑のコントラストが美しかった地球の緑は徐々に炎の赤に染まっていった。  地上は絶望的な状況。  海の青は然として表情を変えないが、地上では埃を巻き上げて茶が炎の赤と混ざりあい、血のような濃い赤が緑を飲み込むようにアースカラーを着色していく。  スペースデブリ、人という生物は地上を汚すことだけに飽きたらず宇宙空間にまでゴミをまき散らした功罪。人はこれをなんというのだろうか。天罰。あるいは宇宙という禁忌の領域にまで侵略しようとした、神からの制裁、か。  人は獣か、神そのものか。  いずれにしても因果応報。なるべくしてなった事実が、広い広い宇宙の小さな出来事として起こっている。  それだけのこと。景色。  鈴木は意識が戻り、磁気嵐から逃れたと安堵しているようだったが、すぐに青ざめた血相で横窓から視認できる混沌の地球に視線はくぎ付け。  鈴木は交信機のスイッチを手でまさぐって、オンになっていることを確認してISSへ応答を願うも反応がない。  それでも鈴木は諦めずに何度も声を出す。 「デブリ回収三号機鈴木より――。デブリ回収三号機鈴木より――」  繰り返すと、  ――……S、生存者確…………るか。  磁気嵐による通信障害でノイズにまみれ聞き取りづらいが、ISS本田からの声が断片的に聞こえた。 「こちら鈴木! デブリ回収三号機鈴木だ!」  ――すず……か……最後に…………せる。 「聞こえない! もう一度、もう一度言ってくれ」  その後交信が完全にノイズに支配されてしまう前に鈴木は本田と交信して、ひとつの情報を得た。  本田が最後生存者に伝えたかったこと、その一点のみ。最後の指令。    ――死に方は自由だ。    本田は間違いなく、そう言った。  鈴木は機内で血に染まる地球を見つめていたが、どこか違うものを見ているかのように虚ろ。本当に地球を見ているのか、ただただ途方に暮れているだけなのか。  そうやって時間が過ぎた鈴木はひとり語り始めた。   「デブリ回収三号機鈴木、どうやら僕は死ぬらしい。だから、生き残った人類に向けて僕はできることをしようと思う。僕が今できること、それはこの宇宙空間から見たことを後世に伝えることくらいだろう」    交信機は自動録音となっている。  鈴木はもう、誰も応答することのないであろう無機質で冷め切った機械に語る。   「今宇宙空間から地球を見る限り、人類は生き残っていないのかもしれない。そして、このレコーダーが地球に届くことはないのかもしれない。宇宙が誕生し、地球が生まれ、僕ら人類が誕生した日。……もしもこの音声を聞いている人がいたならば、決して同じ過ちを繰り返してはならない。人は愚かだ。どうしようもなく……愚かな生き物だ。それは人類の歴史をもって立証されている。ただ、人は学ぶことができる、歴史から学び失敗しながらも時代を切り開いてきた。そしてとうとう僕らは宇宙空間にまで進出した。そして今、僕ら人類は大きな失敗をまた繰り返したのだ。この僕の声が何か後世に語り継がれるほどの代物になるかはわからないが、少なくとも僕は歴史に学び、こうやって夢にまで見た宇宙空間で生涯を終えることができる。こんな幸運なことはない、僕は無宗教だから神様仏様のおかげだなんて思わない。でも自分の能力だけでここに到達したと言うと違和感がある。それはつまり、間違いなく僕が観測し得ない未知の力によってここまでこれたと思っている。感謝するべきは家族か神か、その存在を考えることすら不遇で、今、この瞬間なにものでもない何かに僕は感謝を捧げたい。強いて感謝するべき対象をあげるとするならば、それは過去の人類が残してきてくれた歴史そのものかもしれない。だからまた僕も歴史の一部として生き続けたいと願うあまりこうやって語っているのだろう」    鈴木は三秒間沈黙を決めて、 「もう、終わりにしよう。さようなら」  そう告げると交信機のスイッチを切って、自分の終わりを、自分自身が見届けるように静かに衰弱していき、鈴木は機内で事切れる。    ***  遠い未来。地球上、人類は生き残っていた。  そしてこの音声を聞いた人類はこう言った。   「やっぱり宇宙人は存在したんだ!」    電磁嵐により地球上に降り注いだ放射線は異形のものへと変わり果てた生物を生み出す。  四足歩行やら触手を生やした人類がそこらに佇んでいた。 (おわり)
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