第一章「雨降って地、アスファルト」

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 一方的にサヨナラを告げて歩く帰り道。 「結構降ってきたな……」  折り畳み傘を握りしめて見上げる空は、俺の心を鏡写しにしているかのような雨模様。気落ちしている青年に豪雨を叩きつけるとは、実に演出力の高いお天道様も居たものである。ここは『天晴れ』と褒めたたえることにしよう。  まあ、雨なのに『天晴れ』と評価するのは、字面的に少々気持ち悪い感覚もあるのだが。いやー、ニホンゴッテムズカシイネ。  つーか── 「なーにやってんだ、俺……」  あー、終わった。もう完全に人生終わった。写真拡散からの社会的抹殺エンドまっしぐらだ。  なんか色々こじつけて『どーせ君には拡散なんてできないだろうね』とか言ってみたけど、ンな確証一ミリも無い。  なんなら、もし俺が神楽坂の立場だったら絶対写真バラまくわ。自分で言うのもなんだが、あんな偉そうな説教を聞かされてもムカつくだけだろうからな。仕返しとして変態教師のレッテルを貼られる可能性は十分考えられる。 「いやー、生まれてから二十一年、短い人生だったなぁ……」  と、もはや諦め半分で生涯を振り返り始めた時だった。 「はぁ、はぁ……ま、待ちなさいよっ!!」  突如として背後から聞こえてきたのは、二度と耳にすることは無いと決めつけていた少女の声。息が乱れていることから、ここまで走ってきたことが伺える。思考に耽り過ぎていたために、どうやら俺は背後から迫る足音に気づけなかったようだ。 「え、えっと……何か?」  驚き半分、疑念半分といった心持ちで振り返る。 「待ちな、さいよ……!」  するとそこには──豪雨の中、傘も持たずに髪を濡らし続けている少女の姿があった。 「え、えっと……風邪引くぞ?」 「……わかってるわよ」 「だ、だよな。だったら、早く家に戻った方が良いんじゃないか? そ、その、さっきは俺が言い過ぎた部分もあるし、それは謝るから平和的な解決を──」  と、情けなくも和平を結ぼうとした、その瞬間。 「わかってるわよ! アンタに言われなくたって、自分でもわかってるのよ! このままじゃいけないことらい、イヤになるくらい自分でわかってる!!」  けたたましく響き続ける雨の轟音を切り裂いて。大きな瞳をさらに大きく開いた彼女は、ただひたすらに、全力で叫んでいた。  「今までずっと帰宅部で、秀でた才能も無いアタシには進学しか道が無いことくらいわかってるのよ!! 自分が逃げてるなんて……そんなの、アタシ自身が一番わかってるわよ!!」  怯まず、動じず、物怖じず。まばたきを忘れたかのように、彼女は一心に俺を見据え続けている。 「けど、どうすればいいのかわかんないのよ! 今までアタシなりにがんばって勉強してきたつもりだった! アタシなりに一生懸命やってきたつもりだった! なのに、三年生になってからテストの点数がこれっぽっちも上がらないのよ!」  そして目を逸らさず、その独白のような嘆きを聞き入れているうちに、俺は一つ理解した。  ──ああ、これが俺の汲み取れなかった彼女の気持ちなのか、と。  大人を騙す。それは悪いことだ。  他人の弱みを握る。それは人として褒められた行為ではない。  確かに彼女の言動はとても許されるようなものではないし、大方の非は向こうにある。それは間違いないのだろう。  ──だが、俺は一度でも「なぜ」と彼女に問いかけたことがあっただろうか?
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