第一章「雨降って地、アスファルト」

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 場所は変わって神楽坂家一階、リビングルーム。 「……なんだ、この状況は」  窓の外は相も変わらず、ザーザーザーザー雨模様。しかし現在、その雨音に加えて室内にはサーサーというシャワー音も、微かに響き渡っている。 「ふんふふ~ん♪」   さらに言えば、目と鼻の先にあるシャワールームでは、女子高生による鼻歌ライブが開催されていたりする。  無論、客は俺一人なわけだが。 「つーか……歌うなよ」  やたらとフカフカなソファーの上で一人、呟く。  別に壁の向こうにある女体を意識してるというわけではない。別に壁の向こうにある女体を意識してるというわけではない。はい、大事なことだから二回言いましたよ、今。  先刻、槍のように降り注ぐ雨に打たれつつ、互いに思いのままの言葉を投げ合った俺と神楽坂。まだまだ問題は山積みであるものの、俺はどうにかこうにかスタートラインに立てた……と思っていた矢先に、この状況である。傘を差していなかった神楽坂がズブ濡れになっていたため、俺は「今日は解散にして授業は明日から始めよう」と彼女に申し出たものの、 「ダメ! 今日から始めるの!!」  と、『明日やろうはバカ野郎』とでも言わんばかりの勢いで押し切られてしまったため、俺たちは共に神楽坂家へ引き返してきたというわけだ。  なお、入浴中の彼女からリビングで待ちぼうけを喰らっている理由は至極単純であり、「アタシが居ない時にアタシの部屋に入られたくない」というのが本人の談である。まあ、妥当な理由だろう。  だが、しかし。いや、本当に神に誓って変な意識などしていないが、こう、手持ち無沙汰な状況で湯浴みの音を聞かされているというのも、言いようのない感覚になるわけで── 「え、えっと……おまたせ」  瞬間。浴場の戸がガラリと開き、くりくりとした二重の瞳が俺を捉えた。 「お、おう」  瞬時に思考をシャットアウト。至って自然に返答する。 「え、なに? なんで少しキョドってんの?」  訂正。どうやら不自然だったらしい。 「……べ、別に、キョドってはない、だろ」 「いや、でも今一瞬プイって目逸らしたし」 「プイってない」 「あ、分かったぁ! お風呂上がりのアタシを見てドキっとしちゃったんでしょ?」  「寝言は寝て言え」   ニマニマと笑みを浮かべながらこちらに歩み寄るJKに対し、努めて冷静に吐き捨てる。  誰が子供の湿った髪など気にするものか。制服から部屋着に着替えて雰囲気を変えたところで、子供が子供だということに変わりはない。血迷ってたまるものか。 「ふーん、それがセンセーの素の話し方なんだ」  ドカリと隣に腰掛けながら、彼女が言う。 「ん? どういうことだよ?」  フワリと漂うシャンプーの香りを全力で意識外に追い出しつつ、尋ね返した。 「いや、ここ二週間のセンセーって、ずっと優しい感じの口調だったからさ? 今のそういう、ぶっきらぼうでガラの悪い感じが本当のセンセーなのかなぁって」 「そりゃあ弱みを握られてたら誰だって優しくなるだろ」  ま、結局最後には堪忍袋の緒が切れてしまったわけだが。 「つーか、一応確認なんだが……神楽坂は俺の授業を受けてくれるってことでいいんだよな?」  さっきはお互い好き勝手言っただけで、マトモに会話を交わしたとは言えないからな。アレでは会話のドッジボールだ。まずは神楽坂の意思確認も含めて会話のキャッチボールを始めなければ。
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