第四章「I show 相性」

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「じゃあ、どうぞ」 「お、おう」  説得、というよりは、半ば勢いで押し切った形になってしまったものの。とにもかくにも俺は、神楽坂家の敷居を跨ぐことに成功。第二関門突破である。  だが、しかし。それだけで、完全に今まで通りに戻るというわけもなく。 「それで? マジックアイテムって何なの?」  教え子は未だ、半信半疑な様子であった。  まあ、無理もない。色々と言葉を投げかけたものの、結局俺は『諦めるのはまだ早い』と伝えただけだ。それだけで彼女の不安を払拭できるなんて、最初から思っちゃいない。  だからこそ俺は、寝る間も惜しんで、今日のために資料を作ってきたんだ。 「マジックアイテムってのはコレだ。そら、受け取れ」  カバンを開き、俺はとある冊子を手渡した。二徹して作った、お手製の代物である。 「え、なにコレ? なんか色々問題書いてあるけど……」 「まあ、問題集だからな。そりゃあ問題が書いてあるだろうよ」 「え? じゃあ、この問題集が魔法のアイテムってこと……?」 「ああ、そうだとも。それを解くだけでアラ不思議。お前の不安が完全解消って寸法だ」 「……」 「おい。黙ってジト目向けるのやめてくれ」  まあ、すんなり『はいそうですか』とはならないか。 「そんな話……信じられるわけ、ないじゃん」 「ま、そうだろうな」 「な、なによそれ! まさか、アタシをバカにして──」 「だから、別に信じてもらわなくてもいい」 「え……?」  眉をひそめ、困惑の表情を浮かべる神楽坂。  そう。彼女が信じる信じないは別段、大事な話でもないのだ。  ただ、俺が用意した問題集を解いてもらえればいい。それだけで事態は解決に向かうはずだ。  俺の中では、その確信を持っている。 「まあ、騙されたと思って、一回その問題を解いてみてくれよ。数学、理科、英語、全三科目。一科目あたり三十分で、合計九十分あれば解けるはずだ。それを解いた上で、お前がこれ以上頑張れない、諦めたいって言うんなら……その時は、俺も何も言わない。黙って身を引くよ」  ああ。きっと、これは俺のエゴなのだろう。  神楽坂の意志は関係ない。教え子だとか、教師だとかも関係ない。俺はただ純粋に、彼女に合格を掴み取ってほしいだけなのだ。  雨に打たれていた彼女が、全てに絶望していた『あの日』の自分に似ている気がしたから。  いつからか、孤独に悩む彼女を過去の自分に重ねていたから。  ──この娘には、最後に笑っていてほしい。  その意志が。その思いだけが。空っぽだった俺の心を満たして、前へ、前へ、と。  今の俺を、突き動かしているのだ。 「回答を強制はしない。でも、最後の俺のわがままだと思って、解いてくれると助かる」  半年前の自分からは、想像もつかない言葉。頭ごなしに説教したのが随分昔のように感じるな、なんて、ノスタルジーに浸りつつ、頭を下げる。 「もうっ、そこまで言われたら断れるわけないじゃん……」  顔を上げると、彼女は不承不承といった様子でムスリと頬を膨らませていた。  なんて、生意気。なんて、天邪鬼。教師が頭を下げるだけでも、ちゃんちゃらおかしな話だというのに。もう少し、素直に受け入れてくれてもいいんじゃなかろうか。  けれど、瞬間。ここ最近感じていた胸の痛みは、徐々に和らいでいって。 「ありがとう、神楽坂」  心が痛かったのは、本気でぶつかり合った証拠なんだろう、なんてイタい結論を出した刹那。窓外を覆いつくす雲の隙間からは、一筋の光が差していた。
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