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「お前、またパチンコで負けたんじゃないだろうな?」
靴を脱いで冷蔵庫へ向かい、帰り道に買ってきた食材を放りこみつつ。呼んでもいない先客に声を掛ける。
「パチンコがどうだったか? そりゃあ電気代節約とタダ飯のために優の部屋に来てる時点で察してほしいものですなぁ」
「やっぱ負けたんだな。いや、大体わかってたけどよ」
タチの悪いことに、この女は借金してまでギャンブルをやるほどの中毒者ではない。そのため、本当にヤバイと判断したら速攻ギャンブルを切り上げてウチに不法侵入し、生活をしのごうとするのである。曰く、ベランダのカギだけはピッキングで開けられるらしい。ブチ切れて訴訟を起こせば、百二十パー勝てる。
「んで、優? 今日の夕飯は何?」
「マーボー茄子。茄子が半額だった」
「えぇ、茄子苦手なんだけど。私、茄子抜きでいいや」
「そりゃただのマーボーじゃねぇか」
半居候状態の女と取るに足らぬ会話交わしつつ、食材を取り出してキッチンに並べる。
「つーかお前、マジでいつか食費払わせるからな? このままタダで卒業まで食いつなげると思うなよ?」
「あー、おーけい、おーけい。じゃあ、出世払いってことで。私の未来を担保にしといてよ」
「バーカ。約束されてない未来が担保になるわけないだろうが」
「いやいや、だいじょぶだいじょぶ。私、そのうちビッグになるから」
「なるほど、明確な将来のビジョンも無いのか。こりゃ、余計担保にはならないな」
「あーん、もうっ! 優のいじわる! さっさとメシつくれ!」
頬を膨らまし、ガキのようにジタバタ暴れるオッサンJD。一体コイツは何歳なのだろうか。
「で、優? 今日なんかあった?」
「…………は? な、なんだよ、いきなり?」
何気ない会話から唐突に図星を突くのは本当にやめてほしい。脈絡のない問答はこの世で二番目に苦手だ。なお、一番苦手なのは膨大な課題を出してくる理不尽教授である。
「ねぇ優、知ってる?」
「知らん」
「まだ何も言ってないよね!?」
「アレだよ。アレ。実は俺、他人の心が読めるんだよ。だから話の内容は聞かなくても分かるんだ」
「いや意味分かんないんだけど。ていうか今、一生懸命話題逸らそうとしてるでしょ」
チッ、バレたか。
「ねぇ優、知ってる?」
「知ら──」
「殴るよ?」
「あ、はい。すみません」
この状況では俺が優位の立場なのだが、いかんせん楓の見た目がイカついため、反射的に謝ってしまった。この女、無駄に見てくれだけは整っている上に身長も俺と変わらないため、雰囲気は完全に金髪ヤンキーである。普通に怖い。
「ねぇ、知ってる? 優って私が部屋に居たら、いつもは『また来たか』って言うか『帰れ』って言うのよ。絶対この二択なの」
「あ? それがどうしたってんだよ」
「でもね、今日は『なんでお前が居るんだよ』って言ってたワケ」
「は? まさか、お前……それだけで俺の様子がおかしいと思ったのか?」
「ザッツライト」
いやいや、嘘だろ。それ、メ〇ちゃんの『ト〇ロ居たもん』くらい説得力無いぞ。
「お前、よくその程度の根拠で俺が普段と違うなんて言えたな」
「バカねぇ、優は。何年の付き合いだと思ってんのさ。さあ、観念して楓さんに全て話しなさい。往生際が悪い男はモテないぞ?」
「それ、年齢=彼氏ナシのお前が言っても説得力ないけどな」
「いや、優と違って告白されたことはあるから。ギリ私の判定勝ちだかんね」
「いやいや、そりゃあ玉砕男の趣味が悪かっただけだ」
多分、いや、絶対見てくれに騙されたパターンだ。思春期ゆえの過ちだろう。間違いない。
「はぁ。でも、まあ、分かったよ。降参降参。白旗だ。話す。話すよ。話せばいいんだろ」
「ふふん、分かればよろしいっ!」
そう言ってスタっとソファーから立ち上がると、楓は神楽坂を上回るサイズ(推定)の胸をめいっぱい張り、キッチン越しにドヤ顔でこちらを見つめてきた。
「おい、あんま胸張んな。破裂するぞ」
「青年よ。もうちょいデリカシーを持ったらどうなのかね」
「ハッ、悔しかったらデリカシー持ってもらえるような淑女になってみたらどうなのかね」
しかし、こうなっては仕方が無い。JKに弱みを握られた、なんて話を楓に伝えても手を叩いて笑われるオチしか見えないし、本当は話したくなかったが……ここまでしつこく迫られては話すしかないだろう。腐れ縁に近い関係ではあるが、腐っても幼馴染だ。たまには真面目に相談に乗ってくれると信じてみるのも、また一興か。
こうして、決意と呼ぶほどでもない意思を固めた俺は、完成させた二つのマーボーを配膳し、「笑わないで聞いてほしんだが」と枕詞を添えつつ、今日起きた出来事をありのまま話した。
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