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かくかくしかじか。一連の流れを説明した直後。
「な、なるほど、ふふ……そ、そういうことだったのね…………ぷっ、くくく」
……おい。
「あははははは! 何それ! 何それぇ! あはははははははっ!!」
笑うな。
「あの優が! 石橋を叩いて叩いてぶっ壊すまで叩いて結局渡らない、あの優が! まさか女子高生とそんなことになるなんて! ひー! おなか痛い! おなか痛いよぉっ!!」
腹抱えんな。
「傑作! 傑作だよ! ノーベルコメディ賞! あははははははは!!」
ンなバカげた勲章は存在しない。
「だあ、クソっ! 笑わないで聞けっつっただろ! だからお前に話すのは嫌だったんだよ!!」
「もぉー、優ってば、そんなに怒んなくてもいいじゃん。ごめんって。笑わないで聞けって言われたら逆に笑いたくなっちゃったのよ。ほら、『押すなよ』って言われたら押したくなっちゃうじゃない? それと一緒」
そんな伝統的なバラエティのノリを強要した覚えはない。
「ていうか、今の話ってマジなの? 優ってば、本当に弱み握られちゃったわけ? 本当に女子高生ちゃんのおっぱい触っちゃったわけ?」
「俺の意思ではないが、まあ……その理解で間違いはない」
「わお。そりゃまた面白そ、じゃない。大変なことになったね」
「ほんとにな」
完全に『面白そう』と言われかけていたが、ここは目をつむっておく。楓の言動にイチイチ腹を立てていては、キリがない。
「相手は未成年で顧客。塾が味方になるとは限らないし、俺の無実を証明できる物証も、証人もゼロ。状況は最悪も最悪ってところだな」
「たしかに。証拠も無しにヘタなこと言うと、逆に自分の首絞めることになりそうだよねぇ。無条件で優の言葉を信じるのって、多分私くらいだし。優、友達居ないもんね」
「どさくさに紛れて俺をディスるのやめような」
注釈。俺はぼっちではない。孤高だ。一匹狼だ。我が道を歩いているだけだ。俺は好きで一人でいるだけだ。
……多分。
「つーかお前、少しは俺を心配したらどうなんだよ。メシをタカってる相手が割とピンチになってんだぞ?」
「心配、ねぇ。まあ一歩間違えればタイーホかもだけど、そのうちどうにかなると思うよ?」
白米にマーボーをぶっかけながら、楽観的に楓が言う。
「そのうちどうにかなる? 一体どういうことだよ?」
「んー、なんていうかな。結局その女子高生ちゃんって、色んなことから逃げようとしてるだけだと思うんだよね。ほら、高三で受験生ともなれば、嫌でも色んなことが見えてくるじゃん? けど……思春期の女の子って弱い部分が多いからさ。見たくないものが目に入ると、目を逸らしたくなっちゃうこともあるんだよ」
スプーンで掬った米にフーフーと息を吹きかけつつ、楓は淡々と語り続ける。
「多分その子は受験から逃げたいだけなんだと思うなぁ。優にやったことは過激だし、正直どうかとは思うけれど、動機は単純さ。目に入る現実を見ないようにしてるだけ。やんなきゃいけないことから逃げて、優と遊ぼうとしてるだけだよ」
「とんだ火遊びをするガキが居たもんだな……」
「でも、それもずっとは続かないさ。続くわけない。いつか目を逸らしていたモノの大きさに気づいて、このままじゃダメだって思う日が必ず来る。いずれ、優との歪な関係は破綻するよ」
言って、楓はパクリとマーボー飯を食すと、
「今がずっと続くなんて……そんなの、ありえないんだからさ」
らしくないセリフを、冷淡に言い放っていた。
「なんだよ、お前。真面目に話せんのかよ」
「むむっ、失敬な! 私をただのタダ飯食らいのロクデナシとでも思っていたのか!?」
一字一句違わず大正解じゃないか。
「だが確かに、今がずっと続かないってのはお前の言う通りだ。なあ、楓さんよ? 俺のメシを食らいつくす生活がいつまでも続くってわけじゃあないもんな?」
「うっ、そ、それはそうだね! あはは……」
静電気が走ったように体をビクつかせ、力なく笑う楓。先ほどまでは随分ありがたい言葉を述べていたようだが、どうやら自分がそこまで褒められた人間ではないことを思い出したらしい。
「うん。確かに優のご飯を食べられる日々はずっと続かないよね。ぐうの音も出ないくらい、その通りだ」
「当たり前だろうが」
「しかし、だからこそ私は思うわけだよ。ああ、これは優とお隣さんでいられるうちに食べられるだけ、いっぱい食べなきゃな、って。というわけで……せりゃあっ!」
瞬間。あろうことか、金髪パチンカスは俺の茶碗にスプーンを突き刺すと、他人の米を口いっぱいに頬張った。
「ふ、ふふふっ! おいひいー!!」
「テンメェ、この野郎! やりやがったな!!」
「へへへへへ! ひゅうのへひはははひのへひ! ひほほへひはひひははー!!」
「なーにが『優のメシは私のメシ! 他人のメシは美味だなー!!』だ! 口に含んだまま喋るんじゃねぇ!!」
と、全力抗議を浴びせたものの。リスのように頬を膨らました泥棒女は、俺の怒りなど一切気にする様子もなく。やがてゴクリと溜飲音を響かせた後にペロリと舌を出すと、
「ごちそうさま! とりあえず優の問題は、時間が解決してくれると思うよ! またなんか相談があったら、私が乗ってあげるねっ♪」
などとぶりっ子スマイルで煽ってきたため、俺の血圧メーターがさらに上昇しかけた……のだが。
「お前、マジでもう帰ってくれ……」
怒りよりも先に疲労が押し寄せてきたため、俺はマトモに楓の相手をするのをやめた。
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