【1】 破婚

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【1】 破婚

① 「離婚してほしい」  突然、頭の上から降ってきた言葉。  えっ……?  離婚?  結子(ゆいこ)はその言葉が自分に向けられたものだとすぐには理解できなかった。 「離婚してほしい」  同じ言葉がもう一度降ってきた。さすがに二回も言われると、テレビのドラマのセリフでないことくらいはわかる。サラダを口に運びかけたお箸を止めて俊介(しゅんすけ)の顔を見上げた。  今、帰ってきた夫の俊介が横にくると、夕食を食べていた私の前に離婚届をスッと置いて「署名しておいてほしい」とだけ言って目も合わせないで自分の部屋に入っていった。呆然とした私はテーブルに残された離婚届に目を向け、直筆で『佐川俊介』と書かれた文字を見てようやく突きつけられた現実が見えてくる。  えっ、何これ? えっ、どういうこと? なんで? えっ、離婚? えっ、意味がわからないんだけど・・・  頭が真っ白になった。確かに、ここ最近は会話が少なくなり、何を話しても上の空でまともに返事が返ってこなくなった。仕事が忙しいと言って帰りが遅くなることも多くなった。そして夜の生活もこの一年程は私から寄り添っていっても疲れてるからと下手な昼ドラのように断られる。一ヶ月程前は俊介が寝室も別にしようと言ってきて、何で? と聞くと、一人でゆっくり寝たいからと言われケンカになったことがあった。  それまでは、休みの日は一緒に出かけることも多かったし、大きなケンカもしたことはなかった。が、まさか離婚まで考えていたとは思ってもいなかった。理由が知りたくて俊介の部屋に行った。  部屋の前までくると「入るよ」と一言掛けてドアを開けた。俊介はベッドに仰向けになって携帯を見ていたが、慌てて携帯を横に置いた。 「ねぇ、いきなり説明もなく離婚届だけ置いてどういうこと? ちゃんと説明してよ」 「……」 「ねぇー、何とか言ってよ……」 「結子のこと好きじゃなくなったから……。」 「えっ……?」  今度は結子が黙った。  平川結子が佐山俊介と結婚したのは2年前の25歳の時だった。俊介とは高校の同級生で、当時は特別な感情を持ったことはなかった。卒業して別々の大学になると会うこともなかったが、四年生の時に気分転換に参加した高校の同窓会で久しぶりに俊介に再会した。その頃、就職活動で思うように内定がとれずに焦っていた私はその事を伝えると俊介も同じく悩んでいることがわかった。同じ悩みを共有すると親近感が沸いてくる。二人は時々状況を連絡し合うようになり、そしてお互い無事就職が決まるとお祝いに食事に行こうということになった。
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