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「お客様。ご注文は……」
その時、たまらず俺はうずくまり、震え出した。
またか……また、発作が起きちまった……!俺の人間不信の発作が……!
「お客様、大丈夫ですか?」なんて言っている女性店員の言葉なんて脳みそでは聞き取れないくらい、俺は人の声に絶望を思い出していた。いつも思うんだ。この世界は俺にとって生きづらいって。そういえば、久しぶりに人に声をかけられてびっくりしたのかな……?
「人間なんて所詮動物。エゴをうまく隠しながら自分勝手に生きられた人が勝ち組なのよ」
思い出した。あの日の生徒会長を。俺は、今の一言も人と喋らない職場に入る前は、あの自分勝手な奴らばかりの学校に通っていたんだ。
「自分のやりたいことをエゴと悟られないようにするの。それがみんなに必要なことだって思わせるのよ」
「結局お前って、自分勝手な奴だったんだな」
あの日の俺は正直に言った。
「ふん。あなたに足りないものは、自己主張だと思うけどね」
「自分のことばかり押し通す奴なんて迷惑じゃないか」
「そうね。この学校の出しゃばりは迷惑よね。でも、あなたみたいな、いつも人に合わせてばかりで、自分がないようなのもつまらないと思うけど」
生徒会長の女子はそう呟くと、ため息をついた。
「とりあえず、掃除よろしくね。君が悪いわけじゃないっていうのは分かってるけど。誰がやったか分からない以上、犯人にやらせることはできないし。早く教室を綺麗にしないと、明日から授業できなくなっちゃうから」
「……」
俺は何も言わずに落書きだらけの教室を雑巾掛けした。
「……手伝ってあげようか?」
生徒会長は振り返り、小さな声で言った。
「え?」
俺が聞き返すと、生徒会長は黙って教室の外に出て行った。
「ごめん。用事があるの。これからは、もっと自分らしく生きてね。さようなら」
その日の放課後に別れて以降、生徒会長と俺は一度も口を聞くことはなかった。
それ以後も俺は自分らしく生きることができず、次第に人間不信の発作が出るようになったのである。
「お前は……」
「あなたの高校の元生徒会長の白藤百合です。今はこの喫茶店でウェイトレスをやってます。まずは、お冷やを飲んで落ち着いてください。お客様」
「気持ち悪りぃ。なんでこんな店で」
俺は水を飲みながら、暴言を吐いた。気持ち悪いのはお前もだろ、と自分に言いながら。
「俺は、このカフェのことはよく知らんが、願いが叶うと聞いた。欲望に溺れるとか、悪魔に魂を売るとか」
「シッ……当店の悪口は禁止ですよ。ここは人の心を癒す不安なき喫茶店。疲れたお客様に安寧を与えるコーヒーをお出ししているんです」
「へー……メニューも充実してるな」
ツッコミどころが多いが、とりあえずメニューを見てみる。
「さあ。ご注文を……」
とりあえず何か頼まないと悪いなと思い、
「他力本願薫るコーヒーをくれ。
もちろん青春の苦味を取り除いてな……」
店員、もとい白藤はタメ口で言った。
「もう……忘れないでよ」
俺は呆れた。
「おい。この店はなんなんだ。おい店長呼べ」
「ダメよ。田辺くん。また、震えが止まらなくなるでしょ」
あっ……そうだ、俺は人間不信なんだった。
ーーって……夢か……
でも、ファミレス来てたんだよね。俺。店員は本当に白藤だし。
「もっと、自分らしく生きてって言ったじゃない」
「なんでそんなこと言うの?今の俺のことなんて知らないだろ?」
「だって、あなた眠りながらずっと謝ってたわよ」
「ええ……覚えていない……」
ていうかもっと変な夢見てたし。
「まあ、いいわ。少しずつ自分の軸を作れるといいわね」
「ありがとう」
「お腹空いたでしょ。お昼に何か食べたいものある?」
「ああ、そうそう。
他力本願薫るコーヒーをくれ。
もちろん青春の苦味を取り除いてな……」
白藤、もとい店員は恭しく言った。
「お客様。そのような商品は当店にはございません」
そして笑った。
「青春もコーヒーも苦いものよ」
俺は、少し震えながらも、その言葉を噛み締めた。でも、受け入れれば震えることはないだろう。
「そっか。みんなそうなんだな」
「これからの人生も苦しくて大変かもしれない。でも、青春もコーヒーも人生も苦いだけじゃないわ」
「苦いだけの人生も、コーヒーのように楽しめればいいな」
俺はそう言うと、大人になってから初めての自分らしさを噛み締めた。
渦巻いた黒いコーヒーは、白い湯気を出している。
青春時代の悪い夢のように、黒く渦巻くと、白い砂糖は簡単に溶けていった。
彼女は夢の中と同じように優しくて、コーヒーは悪魔の味がした。
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