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「ナギ──凪丸は綿津見水軍の氏神を祀る社に捨てられていた子どもだ。総大将がまだ三つ程だったナギを拾った為、我々で養育することになった」
血河は思い出す。両親に捨てられ、どうすることも出来ないでいた幼い八裂を拾った時のことを。
このご時世、捨て子など珍しいものではない。捨てられた子どもが野良犬に食われようとも、それが運命だと誰も気にとめたりはしない。
「あいつは両親に捨てられたのは自分が役立たずだったからと言う。だからまた捨てられないようにと役に立とうとする。そしていつしか他人の為に何かすることが生き甲斐になっていて、誰かの役に立っている内は生きていてもいいのだと考えるようになった──のだろうな、おそらく。難儀なヤツだ」
本当の所は凪丸自身にしか分からぬことだが、長いこと共に過ごしている義美は殆どそう確信していて大きなため息を漏らす。
これを聞いて血河は考える。八裂が血河の相棒として協力的なのは、あの少年もまた誰かの役に立つことで自身を保っているのではと。
「義美、見たってや。あんたん為に作った渾身の鉄砲や」
義美の話を聞いていると、左右衛門が桐箱を抱えて戻ってくる。
そしてにこにこと満面の笑みを浮かべながら箱の蓋を開けると、そこには白銀の火縄銃が横たわっていた。
「おお、相変わらずよい仕事をするな左右衛門。義美は歓喜している」
箱の中の鉄砲へと手を伸ばす義美であるが、その両手は鉄砲と同じ白銀の義手であった。よく見ると、裾からチラチラと見える彼の左足もまた義足だ。血河はこの男はやはり水軍の者だと思い知る。
手にした鉄砲をうっとりと見つめる義美はまるで恋する乙女の如くであり、それはまぁ無理もないことであった。
美しい白銀の銃身には唐獅子牡丹の真鍮象嵌、銃把には水車模様の据文金具、火挟みには竹の彫刻、この他にも各部分に緻密で素晴らしい彫金が施されており、見る者の目を奪う。
血河は武器オタクの八裂が見たら喜ぶだろうなと思いつつ、美しいそれを眺める。
「満足だ。お頭も必ずお喜びになるだろう。これからも頼むぞ、左右衛門」
「ああ、任せてくれ!」
でれでれと頬を染める左右衛門に、血河は先程の続きとばかりに言う。
「作っているじゃないか、人殺しの道具」
すると左右衛門は、むっと顔を歪めて血河を睨みつけた。
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