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ふんっ、鼻で笑う音がする。義美だ。
「お前の目は節穴か? これは人殺しの道具ではない美術品だ。見かけだけで撃てはしないし、よしんば撃てたとしてもこんなに美しいものを戦に使うはずがない」
確かに豪華な彫金は戦には不要なものであるし、その大きさも実戦で使うには大き過ぎるものとなっている。
「この左右衛門は武器は作らない。鍋や釜、鍬や鋤、そして義手や義足等の人の生活を助ける物を作っている。そしてこの鉄砲は、その優美さで義美の心を癒して救う」
ぱちんと義美が指を鳴らすと、工房へ米俵を担いだ水軍の男達がぞろぞろと入ってくる。
「鉄砲とその他諸々の代金だ」
「よ、義美……米もええけど、酒はないんか?」
こよなく酒を愛する男がそわそわして問うが、義美は無慈悲に首を横に振る。
「駄目だ、酒は過ぎれば毒だ。お前は長生きし、義美の為に美しいものを作り続けろ。……それに、これらのメンテナンスもあるからな」
これら、とは義手や義足のことである。義美以外の男達もそれぞれの欠損をそれらで補っている。
海の秩序を守る彼等だが、依頼を受ければ船団を組織して戦をする傭兵的な一面もある。その激しい戦では腕や足を失う者達が当然出てくるのだ。
血河はそれらを理解した上で問う。
「その義手や義足を使って戦をすれば、それは人殺しの道具ではないのか?」
しんっ……と場が静まり返る。暫しの沈黙の後、口を開いたのはやはり義美だ。
「それは拡大解釈だ。……それで? お前は何が言いたい?」
正直、何かケチをつけたいわけではない。ただ、血河は正体不明な不快感を感じていた。
それは、効率的に人を殺す為の道具として造り出された自分を否定されたように感じたからなのだが……それに気がつかない。
血河は義美から目を逸らすと、左右衛門を見る。
「左右衛門。お前は何故人殺しの道具を作らない?」
すると左右衛門は唇をぎゅっと噛んで気不味そうに俯く。
「それは義美も気になる。お前は台師や金具師を必要としないで鉄砲を作れる優れた腕を持っている。人を雇い、鉄砲を量産すれば裕福になれるだろう」
その場の皆が左右衛門の答えを待つ雰囲気になってしまい、高年の男は観念したのか吐き出す様に言う。
「ガキの頃、目の前で人が落武者に殺された。少しの間だけ一緒にいた相手やったけど……オレにはそれが忘れられへん、」
頭を抱えて涙をぼろぼろと溢す左右衛門は、いつもの威勢が嘘のように、とてもとても小さく見えた。
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